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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)2735号 判決 1994年7月21日

奈良県生駒市東松ケ丘五番三号

原告

山本政弘

右訴訟代理人弁護士

門脇正彦

右輔佐人弁理士

築山正由

東京都板橋区東坂下二丁目八番一号

被告

株式会社タニタハウジングウェア

右代表者代表取締役

谷田剛一

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

阿部裕三

今中利昭

松本司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は、別紙物件目録記載の平葺き用銅屋根板を製造し、販売してはならない。

二  被告は、原告に対し、金三億四二七六万円及び内金五九三〇万円に対する平成二年二月一日から、内金二億八三四六万円に対する平成四年四月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

(争いのない事実)

一  原告の権利

1 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有している。

(一) 考案の名称 平葺き用銅屋根板

(二) 出願日 昭和五七年一月二五日(実願昭五七-九五二二号)

(三) 出願公開日 昭和五八年七月三〇日(実開昭五八-一一一七二六号)

(四) 出願公告日 平成二年一月三一日(実公平二-四一八二号)

(五) 登録日 平成四年一月一四日

(六) 登録番号 第一八八二六七八号

(七) 実用新案登録請求の範囲

「方形銅板の左辺と平行して折曲線1を、右辺と平行して折曲線2を、上辺と平行して折曲線3を、下辺と平行して折曲線4をそれぞれ設けると共に、折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し…折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、折曲線1を上向きに、折曲線2を下向きに、次いで折曲線3を上向きに、折曲線4を下向きに各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成したことを特徴とする平葺き用銅屋根板。」(添付の実公平二-四一八二号実用新案公報〔以下「公報」という。〕参照)

2 本件考案の構成要件

本件考案の構成要件は次のとおり分説するのが相当である。

(一) 方形銅板の左辺と平行して折曲線1を、右辺と平行して折曲線2を、上辺と平行して折曲線3を、下辺と平行して折曲線4をそれぞれ設けること。

(二) 折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除すること。

(三) 折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除すること。

(四) 折曲線1を上向きに、折曲線2を下向きに、次いで折曲線3を上向きに、折曲線4を下向きに各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成すること。

(五) 平葺き用銅屋根板であること。

3 本件考案の作用効果

本件考案の作用効果は次のとおりである。

(一) 現場において縦ハゼ及び横ハゼをつかみ込んで平葺きする従来工法に比べ作業能率が著しく向上し、殊に横下ハゼを下方の銅屋根板の横上ハゼにつかみ込む作業の困難性が解消されると共に仕上りが美麗である。

(二) 銅屋根板の各隅角部の接合個所は縦上ハゼと縦下ハゼを各間隙に充分差込み略全面にわたり重ね合わせているため接合された縦ハゼの下方隅角は袋状となり雨仕舞いが完璧であって該所から毛細管現象により雨漏りする虞れがない。

(三) 方形銅板の各隅角に山形凸部を切除により設け縦ハゼ及び横ハゼを折り返し形成しているため、縦ハゼの上部及び下部にはハミ出しを生じないのでハゼ係合が容易である。

(四) 屋根葺き作業は各銅屋根板の縦ハゼ及び横ハゼの係合と吊子を野地板に打着することによって高度の熟練を要することなく簡単且つ迅速に施工でき作業能率が著しく向上し、更に吊子による固定と各ハゼの深い係合によって耐風性にすぐれている。

二  被告の行為

被告は、昭和六二年一月頃から、業として、別紙物件目録記載の平葺き用銅屋根板(以下「イ号物件」という。)を製造販売している。

三  イ号物件の構成

イ号物件の構成は次のとおり分説するのが相当である。

1 別紙物件目録添付図面(一)~(三)に示すように、平行四辺形の銅板の左辺と平行して折曲線1'を、右辺と平行して折曲線2'を、上辺の左からやや右下がりに斜めに折曲線3'を、折曲線3'と平行して下辺の側に折曲線4'をそれぞれ設けると共に、

2 折曲線1'と折曲線1'の外側にある折曲線4'と上辺によって囲まれる方形部分の上隅角部5'の部分と、折曲線2'と折曲線2'の外側にある折曲線3'と下辺によって囲まれる方形部分の下隅角部5'の部分を<省略>だけ切除し、

3 折曲線1'と折曲線1'の外側にある折曲線3'及び4'によって囲まれる部分と連続する下隅角部6'の部分と、折曲線2'と折曲線2'の外側にある折曲線4'及び3'によって囲まれる部分と連続する上隅角部6'の部分を<省略>だけ切除し、

4 次に折曲線1'を下向きに折返してU字状にして少許の間隙7'を形成し、折曲線2'を上向きに折返してU字状にして少許の間隙7'を形成し、U字状の間隙7'を座屈させぬよう保持して折曲線3'を上向きに折返し横上ハゼを形成し、U字状の間隙7'を座屈させぬよう保持して折曲線4'を下向きに折返し横下ハゼを形成したことを特徴とする、

5 平葺き用銅屋根板。

四  本件考案とイ号物件との対比

イ号物件は、本件考案の構成要件(四)及び(五)を具備するが、構成要件(一)ないし(三)そのままの構成は具備していない。

五  被告に対する警告

原告は、昭和六二年三月一六日付警告書によって、被告に対し、イ号物件が、本件考案の技術的範囲に属するので、本件考案の実用新案登録出願について出願公告の決定がされた時点で相応の法的措置を採る旨警告し、同警告書は、同月一七日頃被告に到達した。

(請求の概要)

イ号物件が本件考案の技術的範囲に属することを理由に、<1> イ号物件の製造販売の停止、及び、<2> 実施料相当の補償金(被告が本件考案の出願公開を知った日の翌月以降出願公告日まで)五九三〇万円及び損害金(本件考案の出願公告日の翌日以降平成四年三月末日まで)二億八三四六万円の合計三億四二七六万円の支払を請求。

(主な争点)

1  イ号物件が本件考案の構成要件(一)ないし(三)を具備しているか。

2  前項が肯定された場合、被告が支払うべき補償金及び損害金の金額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(イ号物件が本件考案の構成要件(一)ないし(三)を具備するか)

【原告の主張】

本件考案とイ号物件は、<1> 実用新案登録請求の範囲には、「上辺と平行して折曲線3を、下辺と平行して折曲線4をそれぞれ設ける」と記載されているのに対し、イ号物件では、折曲線3'及び4'を左からやや右下がりに斜めに設けている点、及び、<2> 実用新案登録請求の範囲には、「折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し…折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し」と記載されているのに対し、イ号物件では、折曲線1'と折曲線1'の外側にある折曲線4'と上辺によって囲まれる方形部分の上隅角部5'の部分と、折曲線2'と折曲線2'の外側にある折曲線3'と下辺によって囲まれる方形部分の下隅角部5'の部分を<省略>だけ切除し、折曲線1'と折曲線1'の外側にある折曲線3'及び4'によって囲まれる部分と連続する下隅角部6'の部分と、折曲線2'と折曲線2'の外側にある折曲線4'及び3'によって囲まれる部分と連続する上隅角部6'の部分を<省略>だけ切除している点において、外形上は相違する。しかし、以下に述べるとおり、右各相違点は単に見かけ上の相違にすぎず、イ号物件の右各構成は本件考案の構成要件(一)ないし(三)と実質的に同一と評価すべきものであるから、イ号物件は本件考案の構成要件(一)ないし(三)を具備するというべきである。

1 本件考案の技術思想

(一) 本件考案の課題と解決

本件考案の解決した課題は、平葺き用銅屋根板の分野において、従来用いられてきたハゼ部分を重ねたまま掴み込みながら継いでいく本ハゼ一文字掴み工法とは全く異なる、<1> 作業能率が向上し仕上りが美麗で、<2> 雨仕舞が完璧であり、毛細管現象による雨漏りの虞がなく、<3> 係合が容易でかつ正確な、ハゼ部分の係合をカセット式にしたカセット式工法によって施工するための銅屋根板を提供することにある。本件考案は、この課題を、「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する」という画期的な着想に基づき解決したものであり、その際、方形の通常の銅屋根板の各ハゼを間隙を保持したまま折り曲げると、各ハゼの折り重ね部分に必ずハミ出し部分を生じ、そのままでは上下左右に各ハゼを係合するときに、それらのハミ出し部分が各ハゼの側端面に当って容易に係合ができず、かつ、各カセットがずれて寸法誤差を生じるため、ハゼの折り重ね部分にハミ出し部分を生じないように、予め切除後の方形銅板の隅角部の残余部に「く字状」の山形凸部が形成されるように各隅角部を切除したものである。本件考案の特徴は、右のように「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する」構成を採った点にあり、これが本件考案の得た新規な知見というべきである。詳細は以下のとおりである。

(二) 先行技術からみた本件考案の技術思想

被告は、平葺き用銅屋根板の分野において、「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する」ことは、本件考案の出願時に既に当業者にとって公知ないし周知の事項となっていたのであるから、本件考案の特徴は、「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する」構成を採った点にあるのではなくて、折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角及び折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」する構成を採った点にあり、これが本件考案の得た新規な知見というべきである旨主張し、その証拠として被告主張の各公知技術ないし先願技術に係る各実用新案公報等を提出援用する。しかし、右被告主張は誤りである。すなわち、

(1) 実開昭五七-一七一〇二四号公開実用新案公報及び実用新案法第五五条第二項において準用する特許法第一七条の二の規定による補正の掲載(乙第二三号証の1・2)に記載の板金製建築用壁板(被告主張の先願技術<3>)について

右考案の実用新案登録請求の範囲には、「扁平四角形板材Aの一方の対向側辺部分をそれら側辺部分夫々に係合用隙間1b、2aを形成するように互いに反対側に折返してあり……」との記載があり、右考案の願書添付明細書(乙第二三号証の3)の考案の詳細な説明には、「板厚の一・二~三・〇倍程度の寸法の係合用隙間(1b)、(2b)を形成するように折返すのであり、このため、第2図のように折返し片(1)、(2)の全長より長いゴム質など硬くて弾性のあるスペーサー(5)、(6)を用いている。次に、スペーサー(5)、(6)を嵌めたままの状態で、前記両折返し片(1)、(2)を含めて他方の(前後の、又は、上下の)対向側辺部分(3)、(4)を、折返し線(3a)、(4a)として、互いに反対側に適宜の鋭角状態へと折返す。この折返しに伴なってスペーサー(5)、(6)も折返えされ、その結果、係合用隙間(1b)、(2b)の寸法は、第一次折返し時点での寸法に保たれる。」((4)頁上から10行~(5)頁上から2行)との記載がある。しかし、右考案は、実施不能の考案であり、仮にそうでないとしても、未完成の考案であるから、そもそも実用新案法二条一項にいう「考案」に該当しない。なんとなれば、右考案の詳細な説明に記載の方法によってハゼを「ハミ出し」のない状態で折曲すると、金属屋根板材Aの内側に皺がより、スペーサーは薄ければ切れ、厚ければ金属屋根板材Aが喰い込んで抜けないことになる。そして、このような長大なゴム質など硬くて弾性のあるスペーサーを嵌め金属屋根板材Aの左右を折返して縦ハゼを形成した後、更にスペーサーを嵌めたままの状態で上下を折返して横ハゼを形成すると、縦ハゼ及び横ハゼが弾性を有するスペーサーに喰い込んでしまって、絶対に金属屋根板材Aから引き抜くことは出来ず、本件考案のように「各折り重ね部分に間隙を保持して折曲しハゼを形成すること」は全く不可能である。この点を更に敷衍すると、検甲第八号証は、原告側が右考案の明細書の説明どおりに作った試作品であるが、まずゴム板を差し込んで縦ハゼを折曲し、続いてハミ出しのない状態でこれを折曲して横ハゼを形成しようとすると、横ハゼの内側に皺が寄り、その状態で差し込んだゴム板を引き抜こうとしても引き抜くことはできない。本件考案が採っている構成、すなわちゴム板を隅角部にだけ差し込んでハミ出しを大きくとる方法、言い換えれば、縦ハゼの折目線を移動して間隙を設ける方法によって始めてゴム板が簡単に抜け、被告主張の先願技術<3>もその実用化が可能となるのである。このように、被告主張の先願技術<3>が明細書の記載そのままの構成では現実に実施出来ないということは、取りも直さずその産業上の利用も不可能ということを意味し、その意味において被告主張の先願技術<3>は未だ技術思想の創作の段階にも到達していないものといわざるを得ない。なお、被告主張の先願技術<3>の実用新案登録出願は、昭和六一年一二月九日に結局拒絶査定で終わっており、そのことは、特許庁は勿論のこと、出願人自身も右技術が実施不能であることを認めていたことを示すものにほかならない。なお、被告主張の先願技術<3>はその出願日が昭和五六年四月二二日であり、本件考案に対して先願の関係にあるが、公開実用新案公報(乙第二三号証の1)により公開されたのは本件考案の出願日より後の昭和五七年一〇月二八日のことである。

(2) その余の被告主張の公知技術ないし先願技術について

(イ) 実開昭五七-七七四二一号公開実用新案公報(乙第一九号証の1)に記載の金属屋根ぶき材(被告主張の先願技術<1>)について

右考案は、本件考案とはその目的、構成及び効果のいずれの点においても相違する。すなわち、被告主張の先願技術<1>は、化粧縦ハゼの上下両縁部に切り込みを設けたことを要旨とするものであって、本件考案のように本ハゼに切り込みを設けたものとは構造上本質的な差異がある。また、本件考案はカセット式工法に関するものであるのに対し、被告主張の先願技術<1>は従来の掴み込み工法に関するものであるから、両者はそもそも比較の対象とはなり得ない。

(ロ) 実開昭五八-六四七三〇号公開実用新案公報(乙第二〇号証の1)に記載の金属屋根材(被告主張の先願技術<2>)について

右考案は、単位金属屋根材の連結構造であり(乙第二〇号証の3の3頁上から6行目)、その目的は、複数枚の屋根板材を予め長手方向に連結したとき、その連結部にハミ出し(正確には段差というべきである。)を生じ、葺いたときに上下方向に寸法誤差を生ずるのを防ぐために隅角5をアール状に切り欠いたものであり、本件考案とはその目的、構成及び効果のいずれの点においても相違する。右考案の明細書には、「本考案における各金属製屋根材1の隅角部は、前記はみ出し部分を形成しえないように、切欠かれていることを特徴とする。この切欠き部分5は弧状であって直角端が残らないように湾曲した突状アール部(第4図参照)としたものであるが、場合によっては湾入した凹状アール部であってもよく、又は隅角部を三角形状に切欠いてもよく、はた又方形状に切欠いてもよいのである。」(同3頁上から19行~4頁上から7行)との記載があり、強いて本件考案との共通点を求めれば切除部の形状ということになるが、右考案の場合、切除の目的は連結部のハミ出し防止であり、本件考案の切除の目的とは異なるし、実際に製品を作ってみると右考案は前記連結部のハミ出し防止の効果を十分に発揮していない(検乙第七号証、第八号証の1・2)。なお、先願技術<2>は、従来の掴み込み工法に関するものであり、本件考案はカセット式工法に関するものであるから、そもそもこのように前提とする工法を異にする両者を比較すること自体誤りというべきである。

(ハ) 実開昭五三-一五七五一三号公開実用新案公報(乙第三号証)に記載の屋根板(被告主張の公知技術<1>)について

右屋根板が使用される工法は爪切り工法の変形であり、受側係合部4及び係着係合部5の上部と下部は、それぞれ折り曲げられて係止溝2及び係合溝3と密着しており、各ハゼの折り重ね部分には間隙が設けられていない。また、右考案は願書添付図面第5図(屋根板の連結作業を説明する平面図)に示されるように、下方の屋根板1の係着係合部5を上向き同第4図矢印方向へ、上方の屋根板の受側係合部4へ差し入れながらスライドさせて差込み継ぎ合せたもので、縦ハゼに相当する係着係合部5及び受側係合部4の上下の隅角部は密着しており、係着係合部の突出部51が受側係合部の係合突縁42に浅く係合させるだけのものであって、縦ハゼの隅角部を相互に差込むものではない(突出部51と係合突縁42は隅角部ではない)特殊なハゼ差し込み工法に関するものであり、これをカセット式工法を前提とする本件考案と比較すること自体誤りというべきである。

(ニ) 実公昭五〇-第四五二四九号実用新案公報(乙第九号証)に記載の屋根葺板(被告主張の公知技術<2>)について

これの何をもって被告が本件考案に対する公知技術というのか判然としない。右考案の前提とする屋根葺板上部の工法は掴み込み工法、下部の工法は爪切り葺き工法(甲第五号証19頁図1-17)縦ハゼの下部6及び7を二分の一切除した理由は、左右の屋根葺板を継ぎ合せたときに6及び7が互いに干渉しないようにし、掴み込み工法において下方の横ハゼの掴み込み作業の困難性を解消するためであって、本件考案における隅角部における切除とは、その目的及び作用効果においてすべて相違する。なお、右考案の出願当時カセット式工法が未だ実用化されていなかったことは被告自身イ号物件のパンフレットにおいて認めているところであり(甲第三号証)、被告主張の公知技術<2>が本ハゼ一文字掴み込み工法に関するものであることは明らかである。検甲第二号証の1・2は、右考案の明細書の説明に従って原告が試作した二枚の屋根葺板であるが、爪切りをしない上部隅角は、縦ハゼを形成し次いで横ハゼを折り曲げると、折り重ね部分は必ず密着し、上部は二枚の屋根葺板を相互に差し込み継ぎ合せることは不可能である。したがって、屋根葺板の上部は掴み込み工法以外では継ぎ合せることができない(甲第五号証19頁図1-17、図1-18参照)。また、検甲第三号証は、右考案の二枚の屋根葺板の上部を掴み込み工法で継ぎ合せる過程を示すものであり、検甲第四号証は、右考案の二枚の屋根葺板の上部を掴み込み工法で継ぎ合せたものであるが、検甲第四号証を引き離すと、これを再度継ぎ合せることは掴み込み工法以外では不可能である。すなわち、掴み込みを緩やかにした二枚の屋根葺板を引き離しても、本件考案の特徴である「縦ハゼの間隙を保持したまま折り曲げて横ハゼを形成」した状況は出現し得ない。間隙が形成されないために二枚の屋根葺板は掴み込み工法以外では継ぎ合せることができないのである。被告は、右考案の願書添付図面第1図の模型として検乙第三号証を提出しているが、検乙第三号証の二枚の屋根葺板がカセット式工法により継ぎ合せることができるのは、右明細書記載の構成のとおりではなくて、当初から本件考案と同様に折曲部に間隙を形成しているからである。検乙第三号証は右考案の実施品とはいえない。

(ホ) 実願昭五三-三七五六七号(実開昭五四-第一四〇五一五号)実用新案登録出願願書添付の明細書及び図面(乙第一六号証の2の1・2)に記載の建築用壁板(被告主張の公知技術<3>)について

これは、被告申立の本件実用新案に対する登録異議の決定(乙第一八号証)の中で甲第一号証として引用されているが、そこでは、「甲第一号証刊行物のもの……は、隅角を切除していない。」(同決定3頁上から18行~19行)と認定判断されており、被告主張の公知技術<3>は、本件考案との関係で公知技術とはいえない。すなわち、右考案の前提とする工法は、屋根板の四隅角部に圧延した膨らみ(覆輪)を形成して係合していこうとする工法(いわゆる「フクリン工法」)であるが、右考案の願書(乙第一六号証の2の2)添付図面第2図・第3図に示されるように、屋根板の四隅角部にフクリン(覆輪)2A・2B・2C・2Dを形成するためには、厚さが〇・三mmの銅板(通常の銅屋根板の厚さ)を、その部分において、ほぼ二分の一の厚さ、すなわち〇・一五mm厚まで圧延して膨らみを形成しなければならないのであるが、そのようにして圧延した場合、〇・一五mm程度の厚さの銅板はひび割れや小孔を生じ、水漏れが生じて実際の使用に耐え得ない。また、被告主張の公知技術<3>は、フクリン(覆輪)を互いに係合して連結するものであるから、仕上り状態において横方向に凸凹を生じてしまい、本ハゼ一文字葺きをすることができない。なお、フクリン係合工法ではそもそも方形銅板の四隅角部にハゼのハミ出し部分を生じない。以上のとおり、被告主張の公知技術<3>はフクリン係合工法に関するものであるのに対し、本件考案はフクリン係合工法によらないで間隙6を保持し折曲したところに新規性を認められて実用新案登録された画期的な考案であり、その点において被告主張の公知技術<3>とは顕著な差異がある。

(ヘ) 実公昭五〇-一五三八〇号実用新案公報(乙第一六号証の3)に記載の金属板葺屋根(被告主張の公知技術<4>)について

右実用新案公報は、被告申立の本件実用新案に対する登録異議の決定(乙第一八号証)の中で甲第二号証として引用されているが、そこでは、「甲第二号証刊行物に記載されたものは、…隅角を切除していない。(なお、申立人は、実用新案登録異議申立書第7頁第1~14行において、甲第二号証刊行物第3図にハミ出し部を切除したことが記載されていると主張しているが、甲第二号証刊行物の明細書には、ハミ出し部を切除することについてなんら記載されておらず、第3図がハミ出し部が形成されないことを明確に意図して描かれたものであるとは認められない。)」(同決定3頁上から18行~24行)と認定判断されている。被告主張の公知技術<4>は、本件考案との関係で公知技術とはいえない。

(ト) 実開昭五二-一二三四二五号公開実用新案公報(乙第一六号証の4)に記載の密封容器(被告主張の公知技術<5>)及び実開昭四八-第二二〇二〇号公報(乙第一六号証の5)に記載の合成樹脂から成る折り箱(被告主張の公知技術<6>)について

右各公報は、被告申立の本件実用新案に対する登録異議の決定(乙第一八号証)の中で甲第四号証及び第五号証として引用されているが、そこでは、「甲第四号証刊行物、および、甲第五号証刊行物の山形凸部は、平葺き用銅屋根板とは全く物品を異にする密封容器および折り箱についてのものであって、しかも、その組み立ては、山形凸部中央に設けられた折曲線(甲第四号証刊行物のe、f、g、h、甲第五号証刊行物の折り筋22、23、24、25に相当)を折り曲げて行うものである。」(同決定4頁上から1行~5行)と認定判断されている。公知技術<5>は、本件考案との関係で公知技術とはいえない。

(3) まとめ

以上のとおりであって、本件考案は本ハゼ一文字葺きにおいてカセット式工法を採ることを前提とするものであり、先行技術である従来の掴み込み工法(被告主張の先願技術<1>、先願技術<2>、公知技術<2>、公知技術<4>)や特殊なハゼ差し込み工法(被告主張の公知技術<3>)とは全く異なる工法を採ることを前提とするものであって、特に、「各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成すること」において画期的な着想に基づく考案というべきであり、その点に本件考案の特徴があることは明らかである。もっとも、銅屋根板を平葺きするに当り、各方形銅板をカセット式に構成するというアイデア自体は本件考案前にもなかったわけではなく、前記したフクリン係合工法によるものがそれである。しかし、そこでは、折曲ハゼに間隙を作るためにその部分の銅板を薄く圧延し、膨らみを形成したものであり、その膨らみを形成するためには、一定厚さ以上の銅板を使用することを要し、また横一文字葺きが出来ず、仕上り状態においても横方向に凸凹を生じるため、それが一般的工法となることには無理があったのである。だからこそ、当業者の間において普通の厚さの銅板では間隙を保持したままの状態でこれを折曲しハゼを形成することは不可能であると考えられ、その結果、掴み込み工法が百年以上にもわたって採られ続けてきたのである。本件考案は、この難問の解決に敢然と挑み、その結果、幾多の失敗や工夫を重ねて見事にこれを克服したのである。このようにカセット式工法における最大の難問も一旦解決されてしまえば、後はコロンブスの卵と同じことで、当業者がこれを真似ることはいとも容易いことである。以上の見地からすると、「各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成する」本件考案の構成は、カセット式工法との組み合わせを考慮した上でその新規性及び進歩性が評価されるべきものである。なお、間隙を保持したまま横長矩形の通常の銅屋根板の各ハゼを折り曲げると、各ハゼの折り重ね部分にハミ出し部分を生じるが、そのままでは上下左右に各ハゼを係合するときに、それらのハミ出し部分が各ハゼの側端面に当ってハゼを容易に係合できず、かつ、各カセットがずれて寸法誤差を生じる。そこで、本件考案では、ハゼの各折り重ね部分にハミ出し部分を生じないように、切除後の残余部の形状において山形凸部を形成するように方形の銅屋根板の各隅角を予め切除したのである。

(三) 被告考案との比較からみた本件考案の技術思想被告は、昭和六一年九月二〇日、実願昭六一-一四四三八四号実用新案登録出願(考案の名称「一文字葺用屋根材」。この出願を「被告出願」といい、その考案を「被告考案」という。)をした。被告出願については、平成五年九月一七日に出願公告すべき旨の決定がされたが、その願書添付明細書の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の記載は、別添実公平五-三六八八三号実用新案公報記載のとおりであり、被告考案の長方形屋根材の四隅角部の処置方法は、図面第1図記載のとおり、「長方形の上辺右端及び下辺左端をそれぞれ横細長三角形状に切り欠き、右辺下端及び左辺上端を縦細長三角形状に切り欠」くというものである(乙第二一号証)。しかし、イ号物件は被告考案の実施品ではない。すなわち、イ号物件は、被告自ら「ハゼつかみ構法一〇〇年の殻を破る<引掛構法>の画期的構造」(甲第三号証)と銘打って宣伝広告しているように、その前提とする工法を従来の掴み込み工法からカセット式工法に改良したことを最大のセールスポイントとするものである。そして、カセット式工法で施工するためには、本件考案と同じように縦ハゼを折曲して横ハゼを形成する必要があり、その際、縦ハゼの折り重ね部分に間隙を設けたままの状態で折曲すると、係合縁の隅角部がそれぞれ若干ハミ出し、そのハミ出し部分が邪魔して完全なハゼ係合を阻害するため、ハミ出し部分を予め切除しているのである。これに対し、被告考案は、縦ハゼを折り返して横ハゼを形成する際、縦ハゼの間隙を保持したままの状態で折曲する構成を欠いており、被告考案は掴み込み工法によってしか施工することができない。したがって、両者はその前提とする施工方法を全く異にしているから、イ号物件は被告考案の実施品ということはできない。なお、被告考案の実施工法を敢えてカセット式工法というのであれば、被告考案は、実施不能考案ないし未完成考案といわねばならない。その詳細は次のとおりである。被告考案の願書添付明細書(乙第二一号証2欄31行~4欄1行)に記載されているように、右辺係合片14(縦上ハゼ)を上面側に、左辺係合片15(縦下ハゼ)を下面側にそれぞれ屋根材本体面との間に隙間を設けて折返し、次いで上辺係合片12(横上ハゼ)を上面側に折返すと、上辺係合片12(横上ハゼ)の両端において、右辺係合片14(縦上ハゼ)と左辺係合片15(縦下ハゼ)との重合部(細長三角形状切欠部3の折返し部 第2図)が下辺係合辺13(横下ハゼ)を下面側に折返して第2図の斜視図に示すごとく屋根材1を形成すると、重合部(細長三角形状切欠部3の折返し部 第2図)が必ず圧潰されて密着し、又、下辺係合辺13(横下ハゼ)を下面側に折返すと、下辺係合辺13(横下ハゼ)の両端部において、右辺係合片14(縦上ハゼ)と左辺係合片15(縦下ハゼ)との重合部が必ず圧潰されて密着し、屋根材四隅に縦ハゼと横ハゼの重合部に隙間を形成することは不可能であり、縦ハゼと横ハゼを係合接続することは不可能である。また、右明細書には、「それぞれの係合片を折り返す際には、材料の厚みより厚い隙間を設ける必要があり、それにより各屋根材の係合が可能になる。」(4欄2行~4行)と記載されているが、右明細書中には間隙を設ける部位が明記されていないし、また図示もされていない。それは被告考案の構成では前記したとおり縦ハゼと横ハゼの各重合部に間隙を設けることができないからであり、そのことは、被告が被告考案の実用新案登録請求の範囲において、「……次に屋根材本体の上辺を上面側に、また下辺を下面側に折り返して、それぞれ上辺係合辺および下辺係合辺を形成……」と記載し、敢えて縦ハゼと横ハゼの各重合部に間隙を設けることについて権利を要求(クレーム)していないことからも明らかというべきである。このように、被告考案は、平成五年九月一七日に出願公告をすべき旨の決定がされたけれども、そもそも進歩性を欠き実用新案法三条二項により実用新案登録を受ける資格を欠く考案である。すなわち、被告は、被告考案の願書添付明細書において、被告考案の目的に関して、「本考案は、従来の一文字葺に見られるような作業性の悪さを改良し、かつ漏水の問題も解決することを目的としてなされたものであり、引っ掛かったりして作業能率を落としていた部分に細長三角形状の切込部を設けることによって、作業性の向上を図ったものである。」(乙第二一号証2欄19行~24行)と記載しているが、このうち「作業性の悪さを改良し、……作業性の向上を図ったものである。」の部分は、既に検討したように、被告考案は、カセット式工法による施工を企図するものとすれば、本来実施不能ないし未完成考案というべきであり、また、従来の掴み込み工法による施工を企図するものとすれば、作業能率の向上というほどの実効を挙げ得ないものである。そこで、残る「漏水の問題も解決すること」についてみると、右明細書には、「従来技術と問題点」の項に、「実開昭六〇-一三七〇一六号公報には、四隅角部をくの字状に切り欠いた屋根材が記載されているが、各屋根材を係合した場合に、隅角部のハゼ部の重なり部分が小さくなり、そのため、雨水がはぜ部の重なり部分を容易に乗り越えて、下辺係合片内に溜り、これが風雨の波動によって撹乱されて漏水を引き起こすという問題がある。」(乙第二一号証2欄11行~17行)との記載がある。しかしながら、結論から先に述べれば、被告考案は、その所期するような漏水防止の作用効果を奏し得るものではない。なんとなれば、右明細書において引用されている実開昭六〇-一三七〇一六号公報(甲第二号証の6)とは、被告出願の一文字葺用屋根材に関する考案であるが、それに続く記載内容とは符合せず、おそらく被告がそこで挙示引用しようとしたのは原告出願の本件考案のことであろうと思われる。そこで、漏水防止の点について、被告考案と本件考案を比較すると、本件考案の隅角部は、<省略>のように切り欠いているのに対し、被告考案の隅角部は、<省略>のように切り欠いてる点において両者は相違する。しかし、両者は斜線部分だけの差異を生ずるにとどまり、しかも雨水が漏れるのを防止する機能は、屋根材を接合して各ハゼが重なり合うことによって生ずる袋によるものであり、仮に、被告考案の各ハゼ重合部に隙間が保持され、袋Aが<省略>ぐのように形成されると仮定しても、各ハゼが重なり合う袋Aの奥部で漏水を防止するものであるため、この奥部の長さは、本件考案の奥部の長さと同じであり、被告考案の漏水防止効果は本件考案のそれと同じである。このように、実際の漏水防止機能は、各ハゼの重合部によって形成される袋の奥部の長さによって左右され、両者の屋根材の重なりは、<省略>斜線部分だけの小差であり、しかもそれは袋の入口の長さになるもので、奥部の長さとは無関係な部分であり、かつ、重なり合う幅に大差はないから、本件考案の漏水防止機能が被告考案のそれに比べて劣ると決めつけるのは、本件考案の技術内容を曲解するものであり、両者は雨仕舞いの機能においても格別相違するところはない。

(四) 出願経過からみた本件考案の技術思想

被告は、原告主張の折曲ハゼの間隙の保持の点もハゼのハミ出し部分の予めの切除の点も本件考案の願書に最初に添付された明細書(当初明細書)には記載されていない旨主張するが、両者とも当初明細書から一貫して記載されており、唯、出願経過の中で当初明細書の表現不足を補うために若干の補正を加えたにすぎず、右補正は、本件実用新案権の技術的範囲を拡張するものでも縮小するものでもないから、要旨変更の問題は生じない。

詳細は次のとおりである。

(1) ハゼの間隙の保持について

右間隙は、当初明細書(乙第一号証の2)の実用新案登録請求の範囲に「少許の間隙」と記載され、添付図面第6図(使用状態を示す斜視図)においても番号「6」の指示部分として正しく図示され、考案の詳細な説明中においても再三折り重ね部分に「少許の間隙を保持」して折曲しハゼを形成する旨の表現が存在し、特に、同明細書(3)頁下から3行目より同頁末行にかけて、「このとき縦ハゼは予じめ少許の間隙を保持して折曲されているため熟練を要することなく重ね合わせ容易に継ぎ足し」と明記されている。当初明細書にはこれ以上に「間隙の保持」に関する十分な説明がないけれども、それは、当初出願代理人が考案者(原告)の本件考案に関する説明内容を十分把握し得ないまま当初明細書を起草したことに起因する。すなわち、その後の昭和六一年九月六日付意見書代用手続補正書(乙第七号証)では、なお実用新案登録請求の範囲に「折曲線(5)を上向きに、折曲線(7)を下向きに銅板面とそれぞれ若干の間隙を保持して折曲しハゼを形成した」旨記載されているのみであるが、それに続く昭和六二年一一月二一日付手続補正書(自発)(乙第一〇号証)及び同日付意見書(乙第一一号証)を見ると、この時点でようやく出願代理人も本件考案の内容を完全に正確に理解して右各書面を記載していることが了解できる。その点を具体的に示すと、右手続補正書添付明細書(2)頁「C 考案が解決しようとする問題点」の項及び同(3)頁「考案の構成」の「a 問題点を解決するための手段」の項では、従来公知の考案は、下部係合縁を下面に折返したとき、切欠部を形成した係合縁の隅角が圧潰され左右に接合できないので、左右の接合を図るには折り重ね部に間隙を設けることを要する、そして、間隙を設けて折曲すると、係合縁の隅角部がそれぞれ若干ハミ出し、そのハミ出し部が邪魔をして完全な接合を阻害するから、そのハミ出しを予め切除しておく旨の記載がある。また、右意見書では、審査官が拒絶理由通知書(乙第八号証)の中で引用した乙第九号証の考案について、同考案は、縦ハゼの上部を折返して横ハゼを形成するが、その折り重ね部が圧潰され左右連結ができないことになる旨正しく指摘している。そして、左右連結を図るには該折り重ね部に間隙を設けることを要すること、及び、間隙を設けて折曲すると上部係合縁を上面に折曲すると係合縁の上部角がハミ出すため左右及び上下の連結がハミ出しに阻害されてできない旨、これに対し、本件考案では、各ハゼの折重ね部分に若干の間隙を形成しているため左右及び上下の連結がきわめて容易であり、更に方形銅板の各隅角を山形が形成されるように斜めに切除してから折返しハゼを形成しているため各折り重ね部分にハミ出しがなく連結を阻害しない旨記載している。審査官も右手続補正書及び意見書を閲読した段階で、ようやく本件考案の内容を始めて正しく理解し、平成元年四月一二日付拒絶理由通知書(乙第一二号証)では、本件考案の登録認容を前提として、切除部分を特定した図面の記載を求めている。以上を要するに、「間隙の保持」は、出願当初からその技術思想は開示されてはいたものの、出願代理人の技術内容の理解の進み具合に歩調を合わせて、徐々に明確な表現をとるようになり、昭和六二年一一月二一日付手続補正書及び同日付意見書に至って遂に特許庁審査官もこれを正しく認識し、若干の不明瞭な点を補正させたうえで、平成元年一〇月一一日本件実用新案について出願公告をすべき旨の決定をしたのである。

(2) ハゼのハミ出し部分の予めの切除について

当初明細書(乙第一号証の2)の実用新案登録請求の範囲、考案の詳細な説明及び添付図面の簡単な説明には、縦ハゼの各隅角部内側から縦ハゼと横ハゼとの折り重ね部内側へかけて斜めに縦ハゼ巾の略二分の一を切除した旨の記載があり、添付図面第1図には、これを「5 山形凸部」として明示し、同第2図及び第3図ではこれを符号13でもって指示している。また、原告が、昭和六〇年一〇月二五日付拒絶理由通知書(乙第二号証)を受けて提出した昭和六一年一月三〇日付手続補正書(自発)(乙第四号証)及び同日付意見書(乙第五号証)では、本件考案の技術思想の核心が「間隙を保持」してハゼを折曲することにあり、その際ハゼのハミ出し部分を生じるため、予めこれを「切除」することに対する認識が不足し、単に切除部分の詳細な特定とその効用を述べるにとどまっている。その後の昭和六一年六月五日付拒絶理由通知書(乙第六号証)においても、本件実用新案登録出願は、明細書及び図面の記載が、「1 登録請求の範囲第4~6行目の『縦ハゼの各……切除した』の記載は隅角部内側、折り重ね部内側がどこをさすか不明な為切除部がどのように形成されているか不明瞭である。2 上記1に関連して第1図に示される各角部が切除された長方形平板をクレーム記載のように折曲しても第2、3図のものになるとは認められず、図面2、3は不明瞭であり、かつ、切除部に関する図面の記載即ち第1図も不明瞭である。」と特許庁審査官は指摘している。すなわち、出願人側の「間隙を保持して折曲するとハミ出しが生じる」点についての説明が不足しているため、特許庁審査官も未だ本件考案の真の内容が理解できず、したがって、図面2、3の隅角部が斜めになってハミ出し部分を生じる過程を理解できないままでいる。更に、昭和六一年九月六日付意見書代用手続補正書(乙第七号証)でも、出願人は未だ肝腎の説明をせずに切除の点のみにこだわっている。ここでは、従来「隅角部を斜めに縦ハゼの巾略二分の一を切除」としていた記載部分を、「隅角部の面の略二分の一を斜めに切除」と訂正したのみである。昭和六二年八月一〇日付拒絶理由通知書(乙第八号証)もその内容は従来のものと殆ど変らず、本件実用新案登録出願について、公知考案から当業者が容易に考案できるものであるとするとともに、明細書第3ページ第16行~第4ページ第6行目の記載は不明瞭であるとしたうえで、本件考案の屋根材は、ハゼ6、8を係合して横方向に連結していくことは可能であるが、第二列目のハゼ12がハゼ6、8に衝突してハゼ10に係合することが出来ず、本件考案でも従来の掴み込みが必要であるとしている。しかし、本件考案は、従来の掴み込み工法ではなく、カセット式工法で施工出来ることがその目的及び効果であり、「間隙の保持」も「ハミ出しの切除」もそれを達成するための構成である。ところが、本件考案では掴み込み工法でなくてはハゼを係合出来ないのではないかと特許庁審査官によって疑問(最大の拒絶理由)を呈されたということは、出願人側の説明がなお不十分であったとはいえ、特許庁審査官が当時本件考案の技術内容を全く理解していなかったことを示している。特許庁審査官からこのような疑問をなげかけられて、出願人代理人も自らの説明不足を悟るとともに、この時点で本件考案の技術内容を完全に理解し得たことは前述したとおりである。そこで、出願代理人は、昭和六二年一一月二一日付手続補正書(自発)(乙第一〇号証)及び同日付意見書(乙第一一号証)を提出した。右手続補正書では、実用新案登録請求の範囲の記載を、「……各隅角を山形凸部(5)が形成されるように斜めに切除し、……」と補正するとともに、考案の詳細な説明において、「該従来公知の考案は、最後の製作工程において、……上部係合縁と係合縁との折り重ね部も圧潰され左右に接合できない。而して左右の接合を図るには該折り重ね部に隙間を設けることを要し、隙間を設けて上部係合縁を上面に折曲すると係合縁の上部角がそれぞれ若干ハミ出し、該ハミ出し部が邪魔して完全な接合を阻害することになる。」((2)頁上から8行~(3)頁上から1行)と正しく指摘し、右問題点解決のために、本件考案は、「……各隅角を山形凸部が形成されるように斜めに切除し、……各折り重ね部分に間隙を保持して折り返しハゼを形成することにより左右及び上下の接合が容易で然かも接合個所から雨漏りのしない屋根を確実に葺くことができるカセット式の銅屋根板を提供したのである。」と説明している((3)頁上から6行~14行)。また、右意見書には、特許庁審査官の引用考案(乙第九号証)が、下部隅角の方形部において縦に二分した切欠部を形成しているが、同考案の構成では上部係合縁の折り重ね部が圧潰されて左右連結出来ないことを指摘し、それに対し、本件考案では、各隅角を山形が形成されるように斜めに切除し、各折り重ね部分に若干の間隙を保持して折曲してハゼを形成するため左右連結が極めて容易に出来る旨記載している。特許庁審査官は、これら昭和六二年一一月二一日付手続補正書(自発)(乙第一〇号証)及び同日付意見書(乙第一一号証)を閲読して、ようやく本件考案の構成及びその効果を正しく理解し、平成元年四月一二日付拒絶理由通知書(乙第一二号証)では、従来の当業者が容易に考案出来るとの本件考案に対する拒絶理由を削除し、隅角方形部の特定を求めているのみである。これに対応して、出願人側でも平成元年五月一五日付意見書代用手続補正書(乙第一三号証)では、隅角方形部分を、「折曲線(1)と折曲線(1)の外側にある折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と連続する両隅角」及び「折曲線(2)と折曲線(2)の外側にある折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と連続する両隅角」と特定記載し、また、右隅角の切除形状につき、「山形凸部(5)が形成されるようにく字状に切除し」と特定記載した。以上の結果、平成三年三月一三日付の登録異議決定の理由中では、「出願当初の明細書の記載は、山形凸部の形状を出願当初の図面の第1図のものに限定するものではなく、平成一年五月一五日付手続補正書によって補正された山形凸部の形状を含むものである。また同手続補正書によって補正された実用新案登録請求の範囲の記載は、折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角の形状のみを特定したものであって、他の部分が切除されないことを記載したものとは認められない。」と認定判断されている。右認定判断は、イ 当初明細書の記載は、その添付図面の第1図<省略>のものに限定するものではなく、平成一年五月一五日付手続補正書によって補正された山形凸部の形状<省略>をも含む。ロ また、同手続補正書によって補正された実用新案登録請求の範囲は、<省略>の形状のみを特定したものであって、他の部分が切除されないことを記載したものとは認められないという趣旨に理解すべきものである。すなわち、隅角の切除に関する実用新案登録請求の範囲は、<省略>の形状のみならず、<省略>の形状のものを含むのである。そうすると、平成元年四月一二日付拒絶理由通知書(乙第一二号証)の拒絶理由は、既に検討したように、「切除する部分」、言い換えれば、「隅角方形部分」の特定が不十分ということに尽きているのであるから、本来右拒絶理由に対応する補正としては、隅角方形部分の補正のみで十分だったのである。しかるに、出願人側では筆が滑って、実際の補正は、更に、従来「山形凸部が形成されるように『斜めに』切除し……」としていた記載部分を、「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し……」と補正するものであった。特許庁審査官は、本件考案が、従来の掴み込み工法からカセット式工法にするため、縦ハゼを「間隙を保持」して折曲し、そのために出来る各隅角部のハゼのハミ出し部分を予め切除する必要があることを理解した。換言すると、本件考案により、従来の掴み込み工法ではなく、カセット式工法が可能であったことを理解したからこそ本件実用新案の出願公告を認めたのである。したがって、特許庁審査官としては、平成元年五月一五日付意見書代用手続補正書(乙第一三号証)において、出願人が切除の対象となる隅角方形部分の形状を特定をするだけで、従来どおり「山形凸部が形成されるように『斜めに』切除し……」の記載のままにしておいても、そのまま出願公告の決定をしたことは確実である。

2 本件明細書の実用新案登録請求の範囲に「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」と記載されている意味

以上の諸事実を総合すると、本件考案の中心課題は、あくまでもカセット式工法の銅屋根板を提供するところにあり、その技術思想の核心は、左右上下のハゼの係合を容易かつ正確にしてカセット式にするため、「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成すること」にあるものとみなければならない。したがって、その意味からすると、本件考案の各構成の中で最も重要なのは、構成要件(四)の「各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成すること」であり、「ハゼのハミ出しを予め切除すること」は、このハゼの各折り重ね部分の間隙を保持しながらの折り曲げに伴い必然的に必要となる処置であって、方形銅板の四隅角部を「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」する旨の本件明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は、折り曲げの際に結果的にハゼのハミ出しさえ生じなければ、その具体的構成態様の差異を問題とする必要がないという意味において二次的な重要性を持つにすぎない構成である。そして、右ハゼのハミ出しの予めの切除形状すなわち方形銅板の四隅角部の切除後の「残余部の形状」を、「斜めに」したり、「く字状」にしたり各種の具体的構成態様を採用することは、当業者であれば誰もが容易に想到する技術事項である。因みに、被告考案の出願の審査段階において被告が特許庁審査官宛てに提出した平成二年一二月二六日付手続補正書(甲第二号証の7)においても、被告考案の願書添付明細書(甲第二号証の1)の記載の一部を「この切欠部分は、細長の三角形状であって、その大きさは、できるだけ小さいことが好ましい。しかしながら、折返した際に突起が生じない程度の大きさであることが必要である。」と補正する旨の記載(2頁上から14行~18行)があることからすると、被告考案でも右切欠(切除)構成を採用することによって、本ハゼ一文字葺きカセット式工法によるイ号物件のハゼ係合部分において、ハゼのハミ出し防止を企図していることは明らかであるところ、右明細書には、「この切欠部分は三角形状でも長辺に曲線のものなどでもよく、その形状も種々のものが想定できる」(3頁上から19行~4頁上から1行)との記載があり、右記載に照らすと、被告も、この切欠(切除)形状の差異は当業者であれば誰もが極めて容易に創作できることを自認しているものといえる。そうすると、本件考案の構成要件(二)(三)にいう「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」とは、切除後の方形銅板の四隅角部の「残余部の形状」が「く字状」を呈し、かつ、ハゼ係合時のハミ出し防止という本件考案と同一の作用効果を奏するものでさえあれば、全てこれに該当するものというべきである。また、イ号物件において折曲線3'及び4'を左からやや右下がりに斜めに設けている点は、左下がりの勾配は折曲線3'の実寸五八〇mmに対し僅か二mm強と上辺と殆ど平行であり、この点は格別の技術的意味を持つものではない。

3 イ号物件と本件考案との対比

(一) イ号物件においても、

a 左上隅角を<省略>斜線のように斜めに切除した結果、残余部の山形凸部5'の形状がく字状に自らなるのであり、

b 右下隅角を<省略>斜線のように斜めに切除した結果、残余部の山形凸部5'の形状がく字状に自らなるのであり、

c 右上隅角を<省略>斜線のように斜めに切除した結果、残余部の山形凸部5'の形状がく字状に自らなるのであり、

d 左下隅角を<省略>斜線のように斜めに切除した結果、残余部の山形凸部5'の形状がく字状に自らなる。

したがって、イ号物件は、本件考案の構成要件(二)(三)の「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」の構成を具備している。

(二) 仮に本件考案の構成要件(二)(三)の「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」が切除される部分の形状を意味するものとすると、イ号物件の切除される部分の形状は正確には「く字状」にはなってはいないけれども、以上に述べたところによれば、その点は構成要件(二)(三)との関係では本件考案の技術思想の核心とは関係のない設計上の微差にすぎず、ハゼ係合時のハミ出し防止の機能においても特段の差異はないから、切除される部分の形状を「く字状」に酷似する形状としたイ号物件の右構成は、構成要件(二)(三)の「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」と実質的に同一の構成と評価されるべきである。

以上のとおりであるから、イ号物件は本件考案の構成要件(一)ないし(三)を具備し、本件考案の技術的範囲に属するものというべきである。

【被告の主張】

1 結論

平葺き用銅屋根板の分野において、「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する」ことは、本件考案の出願時に既に当業者にとって公知ないし周知の事項となっていた。したがって、本件考案の特徴は、「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する」構成を採った点にあるのではなくて、折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角及び折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」する構成を採った点にあり、これが本件考案の採用した新規な形状構造というべきである。そして、本件考案の実用新案登録請求の範囲には、「上辺と平行して折曲線3を、下辺と平行して折曲線4をそれぞれ設ける」と記載されているのに対し、イ号物件は、折曲線3'及び4'を左からやや右下がりに斜めに設けている点において相違しているから、構成要件(一)を具備しない。また、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載及び本件実用新案登録出願願書添付図面第1図によると、構成要件(二)及び(三)にいう「く字状」の切除とは、各隅角部の二辺の各端部に向けて斜めに直線で切り込み切除し、切除される部分の隅角部の形状が「く字状」を呈するものを意味すると解すべきである。ところが、イ号物件は、隅角部の一辺のみに端部へ斜めの切り込みをして切除しているのであり、別紙物件目録の添付図面(一)の6'の部分については隅角部の一辺のみを三角形状に切除しており、他の一辺は全く切除をしておらず、また、同図面の5'の部分については隅角部の楔形状の切除は、他の一辺を斜めに切除することがない。したがって、イ号物件においては、それらの切除される部分の隅角部の形状が「く字状」を呈していないから、構成要件(二)及び(三)を具備しない。したがって、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属さない。以下詳細に補足説明する。

2 先行技術との関係

本件考案の出願当時、次の先願技術及び公知技術が存在していた。

(一) 先願技術

<1> 実開昭五七-七七四二一号公開実用新案公報(乙第一九号証の1)に記載の考案(考案の名称「金属屋根ぶき材」。以下「先願技術<1>」という。)

先願技術<1>の実用新案登録請求の範囲は、「横方向に長い長方形の金属板に所定長さごとに折り目を設けて化粧たてハゼを形成したのち上下両辺を折り曲げて上下ハゼを形成してなる部材において、上記上下ハゼにおける上記化粧たてハゼの上下両縁部に凹部が形成されていることを特徴とする金属屋根ぶき材。」というものであり、願書添付明細書の考案の詳細な説明には、「本考案は木造建築の屋根に用いられる金属屋根ぶき材に関し、更に詳述すると、化粧たてハゼにより区分された複数コマを横方向に連設しその上下両辺に上下ハゼを形成してなる長尺一文字形の金属屋根ぶき材に関する。」(乙第一九号証の3、(1)頁上から12行~16行)との記載があり、右長尺一文字形の金属屋根ぶき材の欠点に関して、「長年月にわたって使用した結果、上下ハゼの折り目のところに稀に穴のあくことがある。」(同(2)頁上から17行~18行)との記載、考案の目的に関して、「本考案の目的は、温度変化による膨張収縮の繰り返しが生じても摩耗がほとんど生じない改良された金属屋根ぶき材を提供することにある。」(同(3)頁上から8行~10行)との記載、及び、考案の特徴に関して、「本考案の金属屋根ぶき材は、上下ハゼにおける化粧たてハゼの上下両縁部がごくわずか例えば深さ二mm程度の凹部が形成されていることを特徴としている。」(同(3)頁上から11行~14行)との記載がある。

<2> 実開昭五八-六四七三〇号公開実用新案公報(乙第二〇号証の1)に記載の考案(考案の名称「金属屋根材」。以下「先願技術<2>」という。)

先願技術<2>の実用新案登録請求の範囲は、「方形の金属板の隅角部を切り取ってなることを特徴とする金属屋根材。」というものであり、願書添付明細書の考案の詳細な説明には、「本考案は金属屋根材に関するものである。」(乙第二〇号証の3の1頁上から8行目)との記載があり、従来技術の問題点に関して、「銅、亜鉛又はステンレス板からなる金属屋根材は、所謂ハゼを有する方形板即ち、長方形又は正方形の板体であって、このような板体を一枚毎に野地板上に張設して行くのであるが、能率向上の見地から予め複数枚の金属屋根材を長手方向に連設し、これを現場に運んで張設施工をすることがある。この場合隣接すべき金属屋根材の短辺部のハゼ同志を互いに係合させ、相互に圧着して長手方向の連結をし、更にその長手方向の両側端部にハゼを形成しなければならない。これを従来の方法によれば、前記短尺方向のハゼの部分が折曲げられると、四枚の金属板を折曲げるのと同じこととなり、かつ隣接する金属板の隅角部が当該ハゼの部分から外方へ突出するので、この突部を切り取って整正しなければならない。」(同1頁上から9行~2頁上から4行)との記載、考案の目的に関して、「方形の金属屋根材の長手方向への連結体からなる金属製屋根材の長尺側辺部のハゼを形成するに当り、短辺部のハゼ継ぎ部の重合部に端片がはみ出さないように折り曲げることのできる単位金属屋根材の連結構造を提供する。」(同3頁2行~7行)との記載、及び、考案の特徴に関して、「本考案における各金属製屋根材1の隅角部は、前記はみ出し部分を形成しえないように、切欠かれていることを特徴とする。この切欠き部分5は弧状であって直角端が残らないように湾曲した突状アール部(第4図参照)としたものであるが、場合によっては湾入した凹状アール部であってもよく、又は隅角部を三角形状に切欠いてもよく、はた又方形状に切欠いてもよいのである。」(同3頁上から19行~4頁上から7行)との記載がある。

<3> 実開昭五七-一七一〇二四号公開実用新案公報(乙第二三号証の1・2)に記載の考案(考案の名称「板金製建築用壁板」。以下「先願技術<3>」という。)

右考案の実用新案登録請求の範囲には、「扁平四角形板材Aの一方の対向側辺部分をそれら側辺部分夫々に係合用隙間1b、2aを形成するように互いに反対側に折返してあり……」との記載がある。

(二) 公知技術

<1> 実開昭五三-一五七五一三号公開実用新案公報(乙第三号証)に記載の考案(考案の名称「屋根板」。以下「公知技術<1>」という。)

公知技術<1>の実用新案登録請求の範囲は、「長尺の板材の長手方向上側縁に板材上面側に開口する係止溝を設けると共に、下側縁には板材下面側に開口する係合溝を設け、且つ板材の長手方向両端には夫々係合部を設けた屋根板において、上記係合部の一方は板材の他端を板材上面側に長寸折返して構成した受側係合部とし、又上記係合部の他方は板材の他端を板材下面側に短寸折返して構成した係着係合部とし、上記受側係合部は折返端に板材露出面の幅より狭い係合突縁を形設すると共に該係合突縁に広い水切面を連続させて構成し、上記係着係合部と隣接する他の屋根板の受側係合部との係合を浅く規制して浸入雨水を上記水切面から排水する様に構成した屋根板。」というものである。

<2> 実公昭五〇-第四五二四九号実用新案公報(乙第九号証)に記載の考案(考案の名称「屋根葺板」。以下「公知技術<2>」という。)

公知技術<2>の実用新案登録請求の範囲は、「屋根板1の四周に適当に折り返し幅をとって、折曲線2、3、4、5を施し、下方折曲線5と両側の折曲線2、3とによって形成された方形部を縦に二分した切欠部6、7を設け、係合縁3'を下面に、係合縁2'を上面に夫々折返し、次いで上部係合縁4'を上面に、下部係合縁5を下面に夫々折返した屋根葺板。」というものであり、願書添付明細書の考案の詳細な説明には、考案の目的に関して、「本考案は、屋根葺板の考案に係るものであって結合縁に改良を施し、雨水が屋根裏に浸入するのを防止するようにしたものである。」(上記実用新案公報1欄18行~20行)との記載、従来品の欠点に関して、「従来この種の屋根葺板は、長方形の屋根板8の四周に適当な幅をとって折曲線9、10、11、12を施し……、下方の折曲線12と縦の折曲線9、10とによって形成された方形部分を切取って、切欠部13、14(第5図では13である。被告注記)を形成し、折曲線9によって形成された係合縁9'を表面に、……右方の係合縁10'と隣接屋根板8の係合縁9'とを係合して葺成した場合、係合縁9'、10'間に浸入した雨水は、下左方の隅角部O点より屋根板8の下面に廻り、そして毛細管現象によって、屋根裏に浸入して屋根裏や屋根板を腐食する欠点があった。」(同1欄33行~2欄10行)との記載、及び、考案の特徴に関して、「本考案品は、下隅角部は縦に二分された切欠部6、7となっているので、……屋根裏には絶対に雨水が廻ることがないので、屋根裏、屋根板を腐蝕させることがない……」(2欄11行~24行)との記載がある。

<3> 実願昭五三-三七五六七号願書添付の明細書及び図面(実開昭五四-第一四〇五一五号)(乙第一六号証の2の1・2)に記載の考案(考案の名称「平葺き用銅屋根板」。以下「公知技術<3>」という。)

<4> 実公昭五〇-一五三八〇号実用新案公報(乙第一六号証の3)に記載の考案(考案の名称「金属板葺屋根」。以下「公知技術<4>」という。)

<5> 実開昭五二-一二三四二五号公開実用新案公報(乙第一六号証の4)に記載の考案(考案の名称「密封容器」。以下「公知技術<5>」という。)

<6> 実開昭四八-二二〇二〇号公開実用新案公報(乙第一六号証の5)に記載の考案(考案の名称「合成樹脂から成る折り箱」。以下「公知技術<6>」という。)

(三) まとめ

以上によれば、本件考案の出願前に、(イ) 方形銅板の左辺と平行して折曲線1を、右辺と平行して折曲線2を、上辺と平行して折曲線3を、下辺と平行して折曲線4をそれぞれ設けること(本件考案の構成要件(一))及び(ロ) 折曲線1を上向きに、折曲線2を下向きに、次いで折曲線3を上向きに、折曲線4を下向きに各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成すること(本件考案の構成要件(四)が公知であったことはいうまでもない。問題は、折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角と、折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角をどのように処置するかという点にあった。これを、例えばA 先願技術<2>では「隅角部を突状アール部を形成するように切り取る」ことによって、B 公知技術<2>では、「下隅角部」を縦に二分された切欠部6、7を設けることによって、C 先願技術<1>では、「化粧たてハゼの上下両縁部に凹部」を形成することにより解決しようとしたが、D 本件考案では、これを隅角部をそれぞれ「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除すること」によって解決したのであり、右の構成が本件考案が採用した新規な形状構造であり、それ故本件考案は実用新案登録されたのであって、本件考案は、右構成を採ったことにより縦ハゼの上部及び下部にはハミ出し部分を生じないので、ハゼ係合が容易であり、かつ、雨漏りする虞れがないというその所期する作用効果を奏し得るのである。そして、以上のことは、被告申立の登録異議に対する決定(乙第一八号証)の認定判断に照らしても明らかである。

3 本件考案の出願経過との関係

本件考案の願書に最初に添付した明細書(当初明細書)の実用新案登録請求の範囲は、「縦ハゼの各隅角部内側から縦ハゼと横ハゼとの折り重ね部内側へかけて斜めに縦ハゼ巾の略二分の一を切除した」(乙第一号証の2の(1)頁上から7行~9行)と記載されていたが、昭和六一年九月六日付意見書代用手続補正書によって、右記載部分は、「折曲線(5)と銅板左辺の上部及び下部の間と、折曲線(7)と銅板右辺の上部及び下部の間にそれぞれ占める面の略二分の一を折曲線(9)と(21)にそれぞれ達するまで斜めに切除し」(乙第七号証(1)頁上から14行~17行)と補正され、更に、昭和六二年一一月二一日付手続補正書によって、右記載部分は、「折曲線(1)と折曲線(3)及び折曲線(4)によって囲まれる方形部分と、折曲線(2)と折曲線(3)及び折曲線(4)によって囲まれる方形部分の各隅角を山形凸部(5)が形成されるように斜めに切除し」(乙第一〇号証(1)頁上から7行~10行)と補正され、最終的に、同年五月一五日付意見書代用手続補正書によって、右記載部分は、公報記載のとおり、「…両隅角を山形凸部(5)が形成されるようにく字状に切除し」(乙第一三号証1頁下から2行~2頁上から5行)と補正され、併せて当初明細書(乙第一号証の2)添付図面第1図も公報記載のとおり補正された。

本件明細書には、問題点を解決するための手段に関して、「……各隅角を山形凸部が形成されるようにく字状に切除し……」(公報2欄22行~23行)との記載、及び、作用及び実施例に関して、「……両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し……」(公報3欄17行~18行)との記載、並びに、「……両隅角の山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し……」(公報3欄20行~21行)との記載があるのみで、如何なる形状をもって「く字状」というのか明細書のみでは明らかでないけれども、右出願経過及び本件願書添付図面第1図の5の隅角の切除される部分の形状がひらがなの「く」の字形になっていることに照らして考えると、右切除される部分の形状が「く字状」を意味するものと解すべきであり、右のように「く字状」に切除することによって、「山形凸部5」を形成することが本件考案の新規な構成である。

これに対し、原告は、「各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成すること」が本件考案の特徴であり新規な構成である旨主張するが、右に述べたように、本件考案は、単に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成したことに考案の要部があるのではなく、両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除することに新規部分があるものとみなければならないから、原告の主張は失当である。

4 本件考案とイ号物件の対比

以上の事実を総合考慮すると、構成要件(二)及び(三)にいう「く字状」の切除とは、各隅角部の二辺の各端部に向けて斜めに直線で切り込みを与えて切除し、切除される部分の隅角部の形状が「く字状」を呈するものを意味すると解すべきである。これに対し、イ号物件では、別紙物件目録の添付図面(一)の6の部分は隅角部の一辺のみを三角形状に切除し、他の一辺は全く切除をしておらず、同図面の5'の部分の隅角部の楔形状の切除は、他の一辺を斜めに切除することがない。したがって、イ号物件は、それらの切除される部分の隅角部の形状が「く字状」を呈していないから、本件考案の構成要件の(二)及び(三)を具備していない。このように構成が相違する結果、本件考案は、山形凸部を生ずるように隅角部の二辺を切除して「く字状」とする結果、上下左右どちらに折り曲げても各ハゼの隅角部にハミ出しを生じないのであるが、それは隅角部の二辺に斜めの直線の切除をしたからである。これに対し、イ号物件では、斜めの切除をしていない辺については折り曲げの方向によってはハミ出しを生じるのである。例えば、被告物件目録添付図面の折曲線1を下向きにではなく上向きに、折曲線2を上向きではなく下向きに折り返した場合、3の下ハゼ曲げを行うと、5の隅角部においては、縦ハゼ下方に三角形状のハミ出しを生じ、6の隅角部においては横ハゼ左方に三角形状のハミ出しを生じる。同様に4の上ハゼ曲げを行っても各隅角にハミ出しを生じる。その結果、本件考案による製品は、上下左右のどちらの方向にも使えるし、屋根板の種類(右葺板、左葺板)を問わないものであるのに対し、イ号物件では、切除態様が各ハゼの折り曲げ方向を規制し、屋根板の種類を限定することになる。したがって、イ号物件は、機能面でも本件考案と相違する。なお、被告は、イ号物件について実用新案登録出願をしていたが(甲第二号証の1~10)、審判の結果、平成五年九月一七日に右出願について出願公告がされた。右出願については原告の本件考案と他二件の引用文献によって拒絶されていたのであるが、被告は、積極的に本件考案との差異として、次の点を主張し、その結果出願公告されたものである。すなわち、本件考案は、方形銅板の四隅において、縦ハゼ及び横ハゼの幅の略二分の一の部分を、山形くの字状に切除しているのに対し、被告考案は、長方形の上辺右端及び下辺左端をそれぞれ横長三角形状に切り欠き、右辺下端及び左辺上端を縦細長三角形状に切り欠いた略長方形の屋根材を用いている(乙第二二号証同3頁8行~15行)。その結果、本件考案と被告考案とでは、屋根の構造に次の差異が生じる。すなわち、本件考案では、隅角部において縦ハゼ及び横ハゼの幅の略二分の一の部分と、山形くの字状に切除した場合には、引き込まれた状態が著しく強調され、屋根材を係合した場合、その隅角部におけるハゼ部の重なり部分は、非常に小さくなるのに対し、イ号物件では、折り返された後の隅角部は、単に引き込まれた状態が維持されるだけであって、その結果、屋根材を係合した場合の隅角部におけるハゼの重なりは、本件考案の場合に比して、著しく大きくなる(同4頁4行~13行)。右相違により、被告考案は、本件考案の場合に比較して、屋根に最も要求される防水機能が向上するという優れた効果を生じるのである(同頁14行~16行)。また、イ号物件では、折曲線3'及び4'が右下がりに勾配(二mm下辺寄り)がつけられているから、上下辺と平行ではなく、本件考案の構成要件(一)を具備しない。

5 原告の主張について

(一) 原告は、イ号物件と本件考案は作用効果が同じであるから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する旨主張する。しかしながら、実用新案は、物品の形状、構造又は組合せに係る考案を保護する制度であり(実用新案法一条)、本件考案は、両隅角部を「山形凸部が形成されるようにく字状に切除」した構造のものであるから、これと構造が異なるものに権利範囲が及ばないことは明らかである。

(二) 原告は、本件考案は、間隙を保持して折り曲げてハゼを形成したことを最大の特徴とする旨主張するが、間隙を保持してハゼを形成すること自体はこの種の技術分野における共通の目的であるから、本件考案の目的は、隅角部にどのような構成を採用してハゼを形成するかの点にあるものとみなければならない。

(三) 原告は、「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除」することは当業者であれば容易に出来ることであり、切除の形状は問題とする必要のない事項である旨主張するが、そのようなことは願書添付明細書にも全く記載がなく、認容される余地のない主張である。すなわち、原告は、出願段階において自ら当初明細書には記載のなかった「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、」との事項を追加記載し、実用新案登録請求の範囲を限定して登録査定を得ておきながら、一旦権利が付与されるや、右事項は当業者であれば容易に出来ることであり、不必要な事項と主張しているのであり、同じことを出願段階で主張していれば、右事項の追加補正によって本件考案が登録査定されなかったことは明らかである。登録異議の決定は、そこで引用された甲第一号証及び第二号証は、「いずれも隅角を切除していない」と認定し(乙第一八号証3頁19行目)、結局、「折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し…折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、」た点に新規性があるものとして登録すべき旨認定判断しているのである(同4頁8行~15行)。右出願から登録査定に至る手続経過からみても、実用新案登録請求の範囲の記載自体からみても、「山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、」は本件考案の必須の構成要件であり、これを具備しないイ号物件が本件考案の技術的範囲に属さないことは明白である。

二  争点2(補償金及び損害金の金額)

【原告の主張】

1 補償金

非鉄金属にかかる本件考案の実施料は売上高の四%が一般的である。被告の一か月間のイ号物件の売上は約一万m2であり、イ号物件のm2単価は四三六一円であるから、イ号物件の一か月当りの実施料相当は次の算式のとおり一七四万四四〇〇円となる。

4,361×10,000×0.04=1,744,400

したがって、昭和六二年四月(被告が本件考案の出願公開を知った日の翌月)から平成二年一月末日(本件考案の出願公告日)までの三四か月間のイ号物件の実施料相当額は次の算式のとおり五九三〇万円(一〇〇〇円以下切捨)となり、原告は平成五年法律第二六号による改正前の実用新案法一三条の三により同額の補償金請求権を有する。

1,744,400×34≒59,300,000

2 損害金

被告は、平成二年二月一日から平成四年三月末日までの間にイ号物件をm2単価四三六一円で合計約六五万m2(一か月当り二万五〇〇〇m2)製造販売したから、この間の被告のイ号物件の売上総額は次の算式のとおり二八億三四六五万円である。

4,361×650,000=2,834,650,000

総務庁統計局編「平成二年度個人企業経済調査年報」によれば、金属製品製造業の平均営業利益率は売上高の三五%とされているから、被告のイ号物件製造販売に伴う純利益は粗利益の三分の一を下らないものと推定される。しかし、ここではこれを控え目に見積もって売上高の一〇%として計算すると、被告がイ号物件の製造販売により得た純利益は次の算式のとおり二億八三四六万円(一〇〇〇円以下切捨)となり、原告は同額の損害を被ったものと推定される。

2,834,650,000×0.1≒283,460,000

第四  争点に対する判断

一  争点1(イ号物件が本件考案の構成要件(一)ないし(三)を具備するか)

1  イ号物件の構成

イ号物件は、<1> 折曲線3'及び4'を左からやや右下がりに斜めに設けており、<2> 折曲線1'と折曲線1'の外側にある折曲線4'と上辺によって囲まれる方形部分の上隅角部5'の部分と、折曲線2'と折曲線2'の外側にある折曲線3'と下辺によって囲まれる方形部分の下隅角部5'の部分を<省略>だけ切除し、折曲線1'と折曲線1'の外側にある折曲線3'及び4'によって囲まれる部分と連続する下隅角部6'の部分と、折曲線2'と折曲線2'の外側にある折曲線4'及び3'によって囲まれる部分と連続する上隅角部6'の部分を<省略>だけ切除しているから、本件考案の構成要件要件(一)ないし(三)そのままの構成は具備していない。

2  実質的同一性の主張について

原告は、イ号物件の右各構成は本件考案の構成要件要件(一)ないし(三)と実質的に同一と評価すべきものである旨主張するので、以下検討する。

(本件明細書の記載)

折曲ハゼの間隙の保持の点について、実用新案登録請求の範囲には「各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成し」と記載されているが、そこでいう「間隙」に関しては、考案の詳細な説明の「問題点を解決するための手段」の項に「各折り重ね部分に間隙を保持して折り返しハゼを形成することにより左右及び上下の接合が容易で然も接合個所からの雨漏りのしない屋根を確実に葺くことができるカセット式の銅屋根板を提供したのである。」(公報2欄26行~3欄4行)との記載、「作用及び実施例」の項の添付図面第2図~第5図に基づく実施例の説明箇所に単に「少許の間隙6を保持」(同3欄23行、25行、27行~28行、30行)、「間隙6をそれぞれ設けた」(同3欄31行~32行)、及び、「各間隙6」(同3欄34行)との各記載、「考案の効果」の項に「更に銅屋根板11の各隅角部の接合個所は縦上ハゼ7と縦下ハゼ8を各間隙6に充分差込み略全面にわたり重ね合わせているため接合された縦下ハゼの下方隅角は袋状となり雨仕舞いが完壁であって該所から毛細管現象により雨漏りする虞れは皆無である。」(同4欄11行~16行)との記載があるのみで、その具体的形状及び構造に関する本件明細書の開示内容は、添付図面の図示内容を参照してもなお誠に不明瞭であるといわざるを得ない。

次に、ハゼのハミ出し部分の切除の点についてみると、実用新案登録請求の範囲には「両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し」と記載され、考案の詳細な説明においても、「問題点を解決するための手段」の項に「各隅角を山形凸部が形成されるようにく字状に切除し」(公報2欄22行~23行)と実用新案登録請求の範囲の記載をそっくり繰り返した記載、「作用及び実施例」の項の添付図面第1図に基づく実施例の説明箇所でも「両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し」(同3欄17行~18行、20行~21行)との前同様の各記載、「考案の効果」の項に「而して方形銅板の各隅角に山形凸部5を切除により設け縦ハゼ及び横ハゼを折り返し形成しているため縦ハゼの上部及び下部には前記従来の公知の考案のようにハミ出しを生じないのでハゼ係合が容易である。」(同4欄17行~21行)との記載があるのみで、右「切除」の具体的態様は、結局のところ、右各各記載と添付図面第1図~第3図、特に第1図(本考案を展延した状態を示す正面図)に示される隅角部の形状を総合して判断するほかはない。そして、同図面において、各隅角部に形成された山形凸部5を形成するために、切除前の方形銅板の隅角部から切除された外側辺縁部分の形状は、<省略>(斜線部分)となるものと考えられ、それがひらがなの「く字状」と表現できるものであると認められる。右各隅角部の図示を参酌して、「両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し」というクレームの文言を素直に解釈すれば、「山形凸部5が形成されるように」も、「く字状」も、「切除し」に掛る語句と解するのが、最も自然かつ合理的な読み方と認められ、以上の理解を前提として、本件実用新案登録請求の範囲にいう「く字状に切除し」との記載を解釈すると、それは切除により隅角部から取り除かれる部分の形状が「く字状」を呈するという意味であって、右第1図において切除により隅角部から取り除かれた部分の形状<省略>(斜線部分)が「く字状」切除部分であり、残余の白地部分の形状がく字状切除の結果形成された「山形凸部5」を指称していることは明らかである。

(出願時の先行技術)

(一) 実公昭五〇-四五二四九号実用新案公報(乙第九号証)に記載の、屋根板の四周を適当な折り返し幅をとって、折曲線を施こし、下方折曲線と両側の折曲線とによって形成された方形部を縦に二分した切欠部を設け、一側の係合縁を下面に、他側の係合縁を上面にそれぞれ折返し、次いで上部係合縁を上面に、下部係合縁を下面にそれぞれ折返した屋根葺板が本件考案の出願時公知であったことは、本件明細書の「考案の詳細な説明」にも記載されている(公報1欄20行~26行)。そして、右公知考案の願書添付明細書の考案の詳細な説明には、考案の目的に関して、「本考案は、屋根葺板の考案に係るものであって結合縁に改良を施し、雨水が屋根裏に浸入するのを防止するようにしたものである。」(同1欄18行~20行)との記載、従来品の欠点に関して、「従来この種の屋根葺板は、長方形の屋根板8の四周に適当な幅をとって折曲線9、10、11、12を施し……、下方の折曲線12と縦の折曲線9、10とによって形成された方形部分を切取って、切欠部13、14(第5図では13である。裁判所注記)を形成し、折曲線9によって形成された係合縁9'を表面に、折曲線10によって形成された係合縁10'を下面に夫々折返し、次いで上部係合縁11'を上面に、下部係合縁12'を下面に夫々折曲した……右方の係合縁10'と隣接屋根板8の係合縁9'とを係合して葺成した場合、係合縁9'、10'間に浸入した雨水は、下左方の隅角部O点より屋根板8の下面に廻り、そして毛細管現象によって、屋根裏に浸入して屋根裏や屋根板を腐食する欠点があった。」(同1欄33行~2欄10行)との記載、及び、考案の特徴に関して、「本考案品は、下隅角部は縦に二分された切欠部6、7となっているので、係合縁3'に隣接の屋根板1の係合縁2'と係合した場合、係合には何等差支えることがなく、切欠部6、7は係合縁2'、3'の幅の二分の一に相当する幅であり、その残る二分の一幅が内側に折込まれるものであって、隅角部O'は袋状となっているので、係合縁2'内の左方側に浸入した雨水は下降し、係合縁2'の中央下部より(矢印のように)下部係合縁5'の下面を伝わって下位の屋根板1や、その上部係合縁4'内を流下するものであり、屋根板1の下面には廻ることが絶対にない。したがって、屋根裏には絶対に雨水が廻ることがないので、屋根裏、屋根板を腐蝕させることがない効果を奏するものである。」(同2欄11行~25行)との記載がある。右公知考案は、「下隅角部は縦に二分された切欠部6、7となっている」構成のものであるが、この構成を採用した理由は、下隅角部においても上隅角部と同様に縦ハゼと横ハゼを完全に係合させることが理想形であることは認識されていたけれども、下隅角部での掴み込みに代えてカセット式とし工事の省力化を企図したものであり、そのためには間隙を保持してハゼを折り曲げておかなければならないところ、縦ハゼと横ハゼ双方ともに間隙を保持してハゼを折り曲げる技術がないため、やむなく縦ハゼと横ハゼ間の完全な係合を断念し、下隅角のみ係合の支障となる縦ハゼ部分二分の一を切欠いたものであることは明らかである。右公知考案が完全なカセット式工法を前提とするものとは断定できないけれども、少くともハゼの係合箇所で係合のために支障となる部分があれば予じめその部分を切除しておく技術が本件出願当時公知であったことは明らかである。

(二) 実公昭五〇-一五三八一号実用新案公報(本件考案に対する拒絶理由通知書〔乙第八号証〕に引用)に記載の上縁の左隅角部と下右隅角部とに切欠部を設け、右方縁と上縁を上面に、左方縁と下縁を下面に夫々折曲した多数の金属板を相隣る左方縁と右方縁とを係合して、横方向に併列し、上縁全長に亘って下縁を裏面に折返し再び下方に折返して上下に空間を形成した吊子の空間を係合し、吊子を野地板等に固着して、空間に上段の金属板の下縁を係合して、順次、同様に葺成した金属板葺屋根

右公知考案の出願願書添付明細書には、「本考案は前記のような構造であるので、左右の金属板1、1の係合は、右方縁5の下縁に隣接金属板1の左方縁4の上端を係合し、第8図(金属板の係合状態を示す斜視図)のように上方に摺動させるのみで係合することができ、上縁の切欠部2が右上に設ける場合は左右の金属板を少しく重合し、そして一方を外方に摺動すると左右方縁4、5が係合するものである。」(上記実用新案公報2欄12行~18行)との記載があり、右記載に照らして考えると、右公知考案の屋根板はカセット式工法を前提としたものであることは明らかであるが、四隅角部において縦ハゼと横ハゼ双方ともに間隙を保持してハゼを折り曲げる技術がないため、ハゼの係合箇所で係合のため支障となる部分を予め切除したものと認められる。しかし、少くとも係合箇所ではすべて予め「間隙」が設けられているものと認められる。

(三) 実開昭五三-一五七五一三号公開実用新案公報(甲第二号証の一〇、乙第三号証)に記載の長尺の板材の長手方向上側縁に板材上面側に開口する係止溝を設けると共に、下側縁には板材下面側に開口する係合溝を設け、且つ板材の長手方向両端には夫々係合部を設けた屋根板において、上記係合部の一方又は板材の一端を板材上面側に長寸折返して構成した受側係合部とし、又上記係合部の他方は板材の他端を板材下面側に短寸折返して構成した係着係合部とし、上記受側係合部は折返端に板材露出面の幅より狭い係合突縁を形設すると共に該係合突縁に広い水切面を連続させて構成し、上記係着係合部と隣接する他の屋根板の受側係合部との係合を浅く規制して浸入雨水を上記水切面から排水する様に構成した屋根板

右公知考案はカセット式工法による屋根板であることは明らかであるが、四隅角部において縦ハゼと横ハゼ双方ともに間隙を保持してハゼを折り曲げる技術がないため、四隅角部でのハゼ係合を回避して、縦ハゼの形状を工夫してその係合を果しており、「間隙」は横ハゼの折曲部分にのみ有ればよいものとしている。したがって、ハゼのハミ出し部分の切除の問題は生じていない。

(四) 実願昭五三-三七五六七号願書添付の明細書及び図面(実開昭五四-第一四〇五一五号)(乙第一六号証の2の1・2)に記載の一枚の扁平四角形板(1)の左右両側辺部を裏面および表面へ夫々折返すとともに、その左右両折返し片(1A)、(1B)を含めて上下両側辺部を表面および裏面に夫々折返して構成される建築用壁板であって、前記扁平四角形板(1)における上側折返し片(1C)の折返し線(c)上で、一方においては折返し片(1A)の折返し線(a)よりも外側位置で、かつ、他方においては折返し片(1B)の折返し線(b)よりも内側位置で、前記両折返し片(1A)、(1B)の折返したときの上下重合部分に相当する位置の扁平四角形板(1)部分に、前記両折返し片(1A)、(1B)の折返し巾と等しい又は、ほぼ等しい長さを有する突条部(2A)とこの突条部(2A)に等しい長さ、又はそれ以上の長さを有する凹条部(2B)とを形成するとともに、下側折返し片(1D)の折返し線(d)上で、一方においては折返し片(1A)の折返し線(a)よりも内側位置で、かつ、他方においては折返し片(1B)の折返し線(b)よりも外側位置で、前記両折返し片(1A)、(1B)を折返したときの上下重合部分に相当する位置の扁平四角形板(1)部分に前記と同様な長さを有する突条部(2C)と凹条部(2D)とを形成してなる建築用壁板。

右公知考案は、<1> 折曲ハゼの間隙の保持については、縦・横ハゼを予め折曲しておき、四隅部分で係合を行うことを前提とするものであり、係合される四隅部分に予め間隙(隙間)を設けておくものであるが、横ハゼの折曲加工時に間隙が圧潰される箇所にハゼの折曲前に予め凹部(2A~2D)を形成しておくことにより、折曲に伴い「間隙(隙間)」が形成されるようにするものである。右公知考案の願書添付明細書において、「間隙」保持の必要性に関し、「屋根板等の建築用壁板においては、上下両側辺部の折返し時に、左右両折返し片(1A)(1B)が再度、折返されることによって、左右両折返し片(1A)(1B)とこれに重合する扁平板(1)部分とが上下両折返し片(1C)(1D)の折返し部で密着重合してしまい、その結果、左右折返し片(1A)(1B)とこれに重合する扁平板部分との間に、隣接する板の左右折返し片(1B')(1A')が差し込むに適度な間隙部を形成しにくくて、両左右折返し片(1A)(1B)……を確実、かつ、正確に係止連結させることがむずかしくなるといった施工上の問題がある。本考案は、かかる点に鑑み、簡単な構造改良により、隣接する建築用壁板を確実、正確かつ作業性良く係止連結できるようにしようとする点に目的を有する。」(乙第一六号証の2の2(4)頁9行~(5)頁5行)と明言している。

右公知考案はカセット式工法を前提としたものであるが、四隅角部において縦ハゼと横ハゼ双方ともに間隙を保持してハゼを折り曲げる方法として、予め凹部(2A~2D)を形成しておく技術を開示しているものであり、右公知考案からも四隅角部を完全に係合させるためにはそこに何らかの方法により間隙を設けておく必要があることは本件出願当時公知の技術常識であったことは明らかである。なお、右公知考案では、予め凹部を形成しているため、ハゼのハミ出し部分の切除の問題は生じない。右公知考案は実用化に向かないため一般に普及しなかったと認められる。

(五) 本件出願当時次の各考案が先願として存在していた。

(1) 実開昭五七-一七一〇二四号公開実用新案公報及び実用新案法第五五条第二項において準用する特許法第一七条の二の規定による補正の掲載(乙第二三号証の1・2)に記載の、扁平四角形板材の一方の対向側辺部をそれら側辺部分夫々に係合用隙間を形成するように互いに反対側へ折返してある板金製建築用壁板

右先願考案はカセット式工法を前提とするものであり、願書添付明細書中において、折曲ハゼの間隙の保持の必要性と施工の困難性につき、「扁平四角形板材の一方の対向側辺部分をそれら側辺部分夫々に係合用隙間を形成するように互いに反対側に折返してあり、かつ係合部分での防漏対策のためにその両折返し片を含めて他方の対向側辺部分を互いに反対側に折返して構成される板金製建築用壁板の改良に関する。上記二段階の折返し加工によって製作される壁板においてそれの加工面および敷設施工面で従来から指摘されていた問題に、次のような問題がある。それは第二段階の折返し時に、四つのコーナー部において、第一段階で所定寸法に形成した前記係合用隙間が強制的に縮められ、敷設工事において係合作業が困難又は不可能に陥ったり、或いは現場で拡開するといった作業性悪化の問題である。これを回避する目的で本出願人は先に、前記縮められる隙間相当部分に対し、折返し前の扁平四角板材に、縮められても所定寸法の係合用隙間が確保されるように凹条部を予め形成しておき、次いで、折返し加工するといった手段を提案した(実開昭五四-一四〇五一五号公報参照)。しかしながら、これによる場合は、前記凹条部形成加工が余分に必要であることから生産性があまり良いとは言えず、コスト的に不利であり、かつこの加工自体が比較的難しくて所期寸法の凹条部を得にくくて現場の修正作業が要求されるといった点で問題を残すものであった。」と明言し(同号証の(2)頁10行~(3)頁19行)、間隙保持のために弾性のあるスペーサーを使用する方法を開示している。

原告は、右考案の出願願書添付明細書(乙第二三号証の3)の考案の詳細な説明中の、「板厚の一・二~三・〇倍程度の寸法の係合用隙間(1b)、(2b)を形成するように折返すのであり、このため、第2図のように折返し片(1)、(2)の全長より長いゴム質など硬くて弾性のあるスペーサー(5)、(6)を用いている。次に、スペーサー(5)、(6)を嵌めたままの状態で、前記両折返し片(1)、(2)を含めて他方の(前後の、又は、上下の)対向側辺部分(3)、(4)を、折返し線(3a)、(4a)として、互いに反対側に適宜の鋭角状態へと折返す。この折返しに伴なってスペーサー(5)、(6)も折返えされ、その結果、係合用隙間(1b)、(2b)の寸法は、第一次折返し時点での寸法に保たれる。」((4)頁上から10行~(5)頁2行)との記載に関して、ハゼをハミ出し部分のない状態で折曲すると、金属屋根板材Aの内側に雛がより、スペーサーは薄ければ切れ、厚ければ金属屋根板材Aが喰い込んで抜けず、そして、このような長大なゴム質など硬くて弾性のあるスペーサーを嵌め金属屋根板材Aの左右を折返して縦ハゼを形成した後、更にスペーサーを嵌めたままの状態で上下を折返して横ハゼを形成すると、縦ハゼ及び横ハゼが弾性を有するスペーサーに喰い込んで絶対に金属屋根板材Aから引き抜くことが出来ず、本件考案のように「各折り重ね部分に間隙を保持して折曲しハゼを形成すること」は不可能であるから、右考案は実施不能の考案であり、仮にそうでないとしても未完成の考案であるから、実用新案法二条一項にいう「考案」に該当しない旨主張する。しかしながら、右考案の詳細な説明の記載は一実施態様を記載したものにすぎないし、そもそも原告自身本件考案における「間隙6を保持して折曲」する方法に関して全く開示しないでおきながら(それを示唆するような文言もない。)、右先願考案について実施不能を主張するものであるから、右原告主張は到底採用することができない。

(2) 実開昭五八-六四七三〇号公開実用新案公報(乙第二〇号証の1・2)に記載の方形の金属板の隅角部を切り取ってなることを特徴とする金属屋根材

右考案の出願願書添付明細書(乙第二〇号証の3)の考案の詳細な説明には、従来技術の問題点に関して、「銅、亜鉛又はステンレス板からなる金属屋根材は、所謂ハゼを有する方形板即ち、長方形又は正方形の板体であって、このような板体を一枚毎に野地板上に張設して行くのであるが、能率向上の見地から予め複数枚の金属屋根材を長手方向に連設し、これを現場に運んで張設施工をすることがある。この場合隣接すべき金属屋根材の短辺部のハゼ同志を互いに係合させ、相互に圧着して長手方向の連結をし、更にその長手方向の両側端部にハゼを形成しなければならない。これを従来の方法によれば、前記短尺方向のハゼの部分が折り曲げられると、四枚の金属板を折曲げるのと同じこととなり、かつ隣接する金属板の隅角部が当該ハゼの部分から外方へ突出するので、この突部を切り取って整正しなければならない。」(同1頁9行~2頁4行)との記載、考案の目的に関して、「方形の金属屋根材の長手方向への連結体からなる金属製屋根材の長尺側辺部のハゼを形成するに当り、短辺部のハゼ継ぎ部の重合部に端片がはみ出さないように折り曲げることのできる単位金属屋根材の連結構造を提供する。」(同3頁2行~7行)との記載、及び、考案の特徴に関して、「本考案における各金属製屋根材1の隅角部は、前記はみ出し部分を形成しえないように、切欠かれていることを特徴とする。この切欠き部分5は弧状であって直角端が残らないように湾曲した突状アール部(第4図参照)としたものであるが、場合によっては湾入した凹状アール部であってもよく、又は隅角部を三角形状に切欠いてもよく、はた又方形状に切欠いてもよいのである。」(同3頁19行~4頁7行)との記載がある。

右各記載に照らして考えると、右先願考案は、カセット式工法を前提とするものと認あることはできないけれども、ハゼの係合箇所で係合のため支障となる部分を予め切除しておく技術の一つということができる。

(六) 本件考案の実質的な考案者と認められる山本政雄(原告の父)作成の平成五年六月一〇日付説明書には、次のとおりの記載がある。

「三 考案の経緯について 1 間隙を保持して横ハゼを折り曲げた経緯を簡単に説明します。学生だった息子に仕事を手伝わせた時、息子がカセット式に曲げた銅板をはめ込んでみたらといいました。長い間ツカミ込みの工法で苦労してきた私は、この息子の言葉で工夫してみようと決心しました。私は、まずゴムを差し込んで銅板を曲げてみました。曲げた後ゴムを抜くことが大変です。折り重ね部分にゴムが食込み、曲がって、U字状になっている関係で抜き取ることが大変困難で、大量生産は絶望でした。しかし、そこで気づいたことはゴムを差込んで銅板を折り曲げたため、銅ハゼの折目線がやや外側へ又内側へと移動していること、又縦横ハゼに斜めに三角のハミだしが出ていることの二点です。そこで折目線をもう少し斜めに多く移動させてやると、ゴムが簡単に抜き取ることができました。ゴムを入れないで、折目線を多く移動すると隙き間が出来ると考えて、やってみると、なんと隙き間ができて成功も間近に見えて参りました。ハミ出ている三角状は、始めに切り取りく字状にすることは簡単でした。

2  以上、言葉でいえば、ハミだしを切ってゴムを差し入れての曲加工は簡単なようですが、これだけでも六ヵ月以上かかっています。更に大量生産するにはまだまだいろいろと難問題がありました。<1> ゴムの質の工夫<2> ゴムを抜く工夫<3> ハゼ合致間隙の工夫<4> 外延・内延の間隙R状の工夫<5> 折目線移動の工夫<6> 右葺・左葺の工夫<7> 梱包の工夫などです。

幾多いろいろの工夫によって、更に、最後には縦ハゼの折曲線の移動を大きくして、ゴムを入れないでも隙き間を維持して、ハゼを折り曲げることに成功しました。このように、困難を乗り越えて頑張り続けて大量生産出来るようになりました。本件考案は、一〇〇年以上続いたツカミ込み工法を解消した偉大なる考案といっても過言ではないと信じています。」

(七) まとめ

以上を総合して考えると、本件考案の出願当時において、予め屋根板の上下縁及び左右縁を表面側又は裏面側に折り曲げておき、それを現場で組合わせて屋根板を葺くカセット式工法を前提とする屋根板が既に開発されていたこと、そのカセット式工法の屋根板の理想形は四隅角部を全部完全に係合させるものであるが、そのためには四隅角部のハゼを折曲する際に縦ハゼと横ハゼ双方ともに間隙を保持して折曲する必要があること、しかし間隙を保持してハゼを折曲する技術がなかなか開発されず、それを辛うじて解決したかにみえた前記(四)の公知考案も実用化、大量生産には適しないものであったこと、及びハゼの係合箇所で係合のため障害となる部分を予め切除しておくと便利であること、そのため多種の切除形が提案されていたこと、理想的な屋根板を完成するためには、縦ハゼと横ハゼ双方ともに間隙を保持してハゼを折曲げる技術を開発する必要があることは、公知ないし周知の技術的事項であったものと認めざるを得ない。もっとも、ハゼのハミ出し部分の予めの切除について、本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載の「く字状」切除と同一の構成を採用した先行技術は見当たらない。結局、本件考案の出願当時におけるカセット式銅屋根板の解決すべき最も重大な課題は、四隅角部のハゼの折曲についていかにして縦ハゼと横ハゼ双方ともに間隙を保持して折り曲げるかの点にあったと認められる。(本件考案の開発経過及び出願経過)

1  銅屋根の平葺き工法(「一文字葺き構法」ともいう。)は、定尺物の銅板を数枚の長方形に切ったうえ、その周辺端部を折りつないで、レンガの割れ目地模様に葺き上げる構法であり、銅板の優れた加工性と、小面積の葺き板をつないでいくために、ほとんどあらゆる屋根形状の変化に適応でき、特有の繊細で優美な線を出すことができるという利点がある。その反面、現場での葺き板の接合や取付けには手間がかかり、特に従来葺き板の接合に用いられてきた掴み込み工法は、別紙参考図面記載の手順によるため、作業に熟練を要し施工能率も上らないなどの難点があったため、業界ではかねてから現場で縦ハゼ掴み込みや横ハゼカナバタ入れなどの困難な作業を要しない、機械生産によって予め縦横の折曲ハゼを形成した単位金属屋根板材を製作し、これを現場で接合していく簡単な銅屋根板の工法(カセット式工法)の開発が待ち望まれていた。(甲五、弁論の全趣旨)

2  原告の父山本政雄(以下「政雄」という。)は、戦後銅屋根葺き等の板金関係の事業に従事してきたが、1で述べたのと同一の発想から現場での施工が簡単な単位金属屋根板材の開発を心がけていたが、最大の問題は、現場での接合を可能にするためには縦ハゼと横ハゼのいずれにも間隙を設けておく必要があるが、最初に折り曲げる縦ハゼは機械を用いて上面板との間の間隙を保持したまま容易に折曲することができるが、それに続けて横ハゼを折曲しようとすると先に間隙を保持して折り曲げた縦ハゼの間隙が圧潰されてしまってうまくできないという難点にあった。そこで、政雄も前記(五)(1)の先願考案と同じアイデアで横ハゼの折曲部分にゴムなどの充填物を詰めて折曲してみたのであるが、そうすると折曲はうまくできたが、今度は充填物が喰い込んでしまって抜けないため実用に適さず、この問題について検討するうち、そのままでは充填物は抜けないが、縦ハゼの隅角部の折り目線を移動させる、すなわち本件明細書添付図面第2図において横上ハゼ9を形成するときは縦上ハゼ7及び縦下ハゼ8の隅角部の折り目線を左方向に力を加えて押して移動させる(横下ハゼ10を形成するときはこれと逆の操作をする)と間隙6ができ充填物を容易に除去できることを発見した。しかし、その場合、同図面の6の部分にいずれも三角形状の突出部が残ってしまうのでこれを切除することとした。政雄は、以上の着想に基づき本件考案の出願を出願代理人に依頼した。その後の出願経過は以下に述べるとおりである。(証人政雄)

3  本件実用新案登録出願の願書に最初に添付した明細書(当初明細書)の実用新案登録請求の範囲には、「方形等の銅板の左辺と右辺をそれぞれ少許の間隙を保持し反対方向に折曲して縦ハゼを形成し、更に上辺と下辺をそれぞれ反対方向に折曲して横ハゼを形成し、縦ハゼの各隅角部内側から縦ハゼと横ハゼとの折り重ね部内側へかけて斜めに縦ハゼ巾の略二分の一を切除したことを特徴とする平葺き用銅屋根板。」(乙一の2(1)頁上から4行~10行)との記載があり、また、考案の詳細な説明には、従来技術の問題点に関して、「上方の銅屋根板の下辺を下方の銅屋根板に形成されている横下ハゼにつかみ込む場合、下方の銅屋根板があるため折曲しにくい。更に現場においてこのように継(「縦」の誤記と認める。裁判所注記)ハゼと横ハゼを折曲し継ぎ足して行く施工は熟練と手間を要し一日当りの作業量が限定される。」(同(2)頁上から15行~20行)との記載、及び、本件考案の特徴に関して、「本考案はこのような欠点を除去したもので、その実施例を図面によって説明すると、第1図及至第5図に示すように方形銅板の左辺を折曲線(5)に沿い少許の間隙を保持し上向きに折曲することにより縦下ハゼ(6)を形成し、右辺を折曲線(7)に沿い少許の間隙を保持し下向きに折曲することにより縦上ハゼ(8)を形成し、上辺を折曲線(9)に沿って上向きに折曲することにより横下ハゼ(10)を形成し、下辺を折曲線(21)に沿って下向きに折曲することにより横上ハゼ(12)を形成し更に縦下ハゼ(6)の上下の隅角部から縦下ハゼ(6)と横下ハゼ(10)との折り重ね部の内側へかけて斜めに縦下ハゼの(6)の巾の略二分の一を切除(13)することにより本考案に係る平葺き用の銅屋根板(14)を形成するものであり、図中(15)は吊子である。本考案はこのようにして成るから策6図に示すように、最下列に縦下ハゼ(6)と縦上ハゼ(8)を係合し左右方向へ継ぎ足していく。このとき縦ハゼは予じめ少許の間隙を保持して折曲されているため熟練を要することなく重ね合わせ容易に継ぎ足していくことができる。」(同(3)頁上から1行~(4)頁上から1行)との記載があり、当初明細書の実施例における隅角部の切除形状は別紙出願図面I図(同明細書添付図面第1図〔銅屋根板の四辺に折曲線を施すと共に隅角部を斜めに切除した状態を示す展開正面図〕)に示すとおりのものであった。(乙一の1・2)

4  特許庁審査官は、昭和六〇年一〇月二五日、原告に対し、本件考案が、「実願昭五二-六三〇二五号公報(実開昭五三-一五七五一三号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムに記載された考案に基いてその出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、きわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができないとの拒絶理由を通知した。原告は、右拒絶理由通知を受けて、特許庁審査官宛てに、昭和六一年一月三〇日付手続補正書(自発)及び同日付意見書を提出した。右手続補正書では、当初明細書の考案の詳細な説明に「隅角部から縦下ハゼ(6)と横下ハゼ(10)との折り重ね部の内側へかけて斜めに縦下ハゼの(6)の巾の略二分の一を切除(13)」と記載されていたのを、「隅角部内側から縦下ハゼ(6)と横下ハゼ(10)との折り重ね部の内側へかけて斜めに縦下ハゼ(6)の巾の略二分の一を切除(13)し、また縦上ハゼ(8)の上下の隅角部内側から縦上ハゼ(8)と横下ハゼ(10)との折り重ね部及び縦上ハゼ(8((8)の誤記と認ある。裁判所注記)と横上ハゼ(12)との内側へかけて斜あに縦上ハゼの(8)の巾の略二分の一を切除(13)」と補正し、添付第3図(縦ハゼ及び横ハゼを折曲加工した状態を示す背面図)も補正したが、添付図面第1図(銅屋根板の四辺に折曲線を施すと共に隅角部を斜めに切除した状態を示す展開正面図)についての補正はなった。(乙二~五)

5  特許庁審査官は、昭和六一年六月五日、原告に対し、本件実用新案登録出願は、明細書及び図面の記載が、「1 登録請求の範囲第4~6行目の『縦ハゼの各……を切除した』の記載は、隅角部内側、折り重ね部内側がどこをさすか不明な為切除部がどのように形成されているか全く不明瞭である。2 上記1に関連して第1図に示される、各角部が切除された長方形平板をクレーム記載のように折曲しても第2、3図のものになるとは認められず、図面2、3は不明瞭でありかつ切除部に関する図面の記載即ち第1図も不明瞭である。」の点で不備と認められるから、実用新案法第五条第三項及び第四項に規定する要件を満たしていないとの拒絶理由を再度通知した。原告は、右拒絶理由通知を受けて、特許庁審査官宛てに、同年九月六日付意見書代用手続補正書を提出した。右手続補正書では、実用新案登録請求の範囲全文を、「方形銅板の左辺と平行して折曲線(5)を、右辺と平行して折曲線(7)を、上辺と平行して折曲線(9)を、下辺と平行して折曲線(21)をそれぞれ設けると共に、折曲線(5)と銅板左辺の上部及び下部の間と、折曲線(7)と銅板右辺の上部及び下部の間にそれぞれ占める面の略二分の一を折曲線(9)と(21)にそれぞれ達するまで斜めに切除し、折曲線(9)を上向きに、折曲線(21)を下向きに、折曲線(5)を上向きに、折曲線(7)を下向きに銅板面とそれぞれ若干の間隙を保持して折曲しハゼを形成したことを特徴とする平葺き用銅屋根板。」と補正した。また、右手続補正書では、当初明細書(乙一の2)(1)頁上から12行~18行の「方形銅板の左辺と右辺をそれぞれ少許の間隙を保持し、反対方向に折曲して縦ハゼを形成し、更に上辺と下辺をそれぞれ反対方向に折曲して横ハゼを形成し、縦ハゼの各隅角部内側から縦ハゼと横ハゼとの折り重ね部内側へかけて斜めに縦ハゼ巾の略二分の一を切除したことを特徴とし、」との記載部分を削除するとともに、昭和六一年一月三〇日付手続補正書で補正された考案の詳細な説明の「隅角部内側から……縦上ハゼ(8)の巾の略二分の一を切除(13)」との記載部分を削除し、当初明細書(3)頁上から10行目に「し更に縦下ハゼ(6)の上下の」との記載部分を削除し、同明細書(3)頁上から2行~3行に「第1図及至第5図に示すように」との記載部分を、「第1図に示すように方形銅板の左辺、と平行して折曲線(5)を、右辺と平行して折曲線(7)を、上辺と平行して折曲線(9)を、下辺と平行して折曲線(21)をそれぞれ設けると共に、折曲線(5)と銅板左辺の上部及び下部の間と、折曲線(7)と銅板右辺の上部及び下部の問にそれぞれ占める面の略二分の一を折曲線(9)と(21)にそれぞれ達するまで斜めに切除し、第2図及至第4図に示すように」と補正した。この補正では添付図面第2図(縦ハゼ及び横ハゼを折曲加工した状態を示す正面図)及び第3図(同背面図)の補正はあったが、添付図面第1図(銅屋根板の四辺に折曲線を施すと共に隅角部を斜めに切除した状態を示す展開正面図)についての補正はなかった。(乙六、七)

6  特許庁審査官は、昭和六二年八月一〇日、原告に対し、「1 この出願の考案は、その出願前国内において頒布された下記Aの刊行物に記載された考案に基いて、その出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、きわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。2 この出願は、明細書及び図面の記載が下記イ~ハの点で不備と認められるから、実用新案法第五条第三項及び第四項に規定する要件を満たしていない。 記 A 実公昭五〇-四五二四九号公報 イ 明細書第3ページ第16行~第4ページ第6行目の記載は不明瞭である。本願考案の屋根材は、上記記載の葺き方ができるとは認められない。つまりハゼ6、8を係合して横方向に連結していくことは可能であるが、第二列目のハゼ12をハゼ10に係合するときに、ハゼ6、8の係合部分で、ハゼ10が左右で連結されない為、ハゼ12がハゼ6、8に衝突して係合できない。なお、例えば、実公昭五〇-一五三八一号公報第5、6図に示されるような屋根材が単に係合していくだけで屋根を葺くことが可能なものであり、同公報第10~12図に示されるものが従来のつかみ込みが必要なのであり、本願のものは、この従来例と同じ作業が必要である。ロ 明細書第四ページ第7~15行目の記載は上記イと同様の点で不明瞭である。ハ 本願の効果は不明瞭である。(現記載の効果を奏するとは認められない。)」との拒絶理由を通知した。原告は、右拒絶理由通知を受けて、特許庁審査官宛てに、同年一一月二一日付手続補正書(自発)及び同日付意見書を提出した。右手続補正書では、明細書全文が補正され、右補正後の実用新案登録請求の範囲は、「方形銅板の左辺と平行して折曲線(1)を、右辺と平行して折曲線(2)を、上辺と平行して折曲線(3)を、下辺と平行して折曲線(4)をそれぞれ設けると共に、折曲線(1)と折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と、折曲線(2)と折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分の各隅角を山形凸部(5)が形成されるように斜めに切除し、折曲線(1)を上向きに、折曲線(2)を下向きに、次いで折曲線(3)を上向きに、折曲線(4)を下向きに各折り重ね部分に間隙(6):を保持して折曲しハゼを形成したことを特徴とする平葺き用銅屋根板。」と記載され、考案の詳細な説明の実施例には、「第1図に示すように方形銅板の左辺と平行して折曲線(1)を、右辺と平行して折曲線(2)を、上辺と平行して折曲線(3)を、下辺と平行して折曲線(4)をそれぞれ設けると共に、折曲線(1)と折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と、折曲線(2)と折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分の各隅角を山形凸部(5):が形成されるように斜めに切除し、次に第2図及至第5図に示すように折曲線(1)を上向きに折り返し方形銅板の上面との間に少許の間隙(6)を保持して縦上ハゼ(7)を形成し、折曲線(2)を下向きに方形銅板の下面との間に少許の間隙(6)を保持し折り返して縦下ハゼ(8)を形成し、折曲線(3)を上向きに折り返し方形銅板の上面及び縦上ハゼ(7)の上面との間に少許の間隙(6)を保持して横上ハゼ(9)を形成し、折曲線(4)を下向きに折り返し方形銅板の下面及び縦下ハゼ(8)との間に少許の間隙(6)を保持して横下ハゼ(10)を形成することにより各ハゼの折り重ね部分に間隙(6)をそれぞれ設けた銅屋根板(21)を製作し、第6図に示すように多数の銅屋根板(21):の縦上ハゼ(7)と縦下ハゼ(8)の各間隙(6)を係合し最下列の銅屋根板(21)を左右に係合していく。」(右手続補正書(4)頁上から2行~(5)頁上から2行)との記載があり、第1図(本考案を展延した状態を示す正面図)も別紙出願図面Ⅱ図に示すとおり補正された。(乙八~一一)

7  特許庁審査官は、平成元年四月一二日、原告に対し、本件実用新案登録出願は、明細書及び図面の記載が、「1 請求の範囲第4~5行目『折曲線(1)…方形部分』、第5~6行目『折曲線(2)…方形部分』の記載では、第2図(21)で示される部分と縦上ハゼの……部分を示すと認められ、本願考案の突出部(5)が形成されている部分が不明瞭である。(詳細な説明中の同様の記載についても注意)2 第2、3図に示される突出部(5)の記載が不明瞭である。(間隙(6)を表現する為とは認められるが、切欠を設けた効果がハミ出し防止であるので、その点も考慮して図面を記載されたい。)」の点で不備と認められるから、実用新案法第五条第三項、第四項及び第五項に規定する要件を満たしていないとの拒絶理由通知をした。原告は、右拒絶理由通知を受けて、特許庁審査官宛てに、同年五月一五日付意見書代用手続補正書を提出した。右手続補正書では、昭和六二年一一月二一日付手続補正書によって全文補正された実用新案登録請求の範囲を、再度「(1)方形銅板の左辺と平行して折曲線(1)を、右辺と平行して折曲線(2)を、上辺と平行して折曲線(3)を、下辺と平行して折曲線(4)をそれぞれ設けると共に、折曲線(1)と折曲線(1)の外側にある折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部(5)が形成されるようにく字状に切除し、、折曲線(2)と折曲線(2)の外側にある折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部(5)が形成されるようにく字状に切除し、折曲線(1)を上向きに、折曲線(2)を下向きに、次いで折曲線(3)を上向きに、折曲線(4)を下向きに各折り重ね部分に間隙(6):を保持して折曲しハゼを形成したことを特徴とする平葺き用銅屋根板。」と全文補正し、同時に明細書(3)頁上から4行~7行の考案の詳細な説明の「方形銅板の左辺、右辺、上辺、及び下辺に平行して折曲線をそれぞれ設け、左右及び上下の折曲線によって囲まれる方形部分の各隅角を山形凸部が形成されるように斜めに切除し、」との記載部分を、「方形銅板の左辺と平行して折曲線を、右辺と平行して折曲線を、上辺と平行して折曲線を、下辺と平行して折曲線をそれぞれ設けると共に、縦の折曲線と縦の折曲線の外側にある横の折曲線によって囲まれる方形部分と連続する各隅角を山形凸部が形成されるようにく字状に切除し、」と補正し、更に、明細書(4)頁上から5行~8行の考案の詳細な説明の「折曲線(1)と折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と、折曲線(2)と折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分の各隅角を山形凸部(5):が形成されるように斜めに切除し、」との記載部分を、「折曲線(1)と折曲線(1)の外側にある折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部(5)が形成されるようにく字状に切除し、折曲線(2)と折曲線(2)の外側にある折曲線(3)及び(4)によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部(5)が形成されるようにく字状に切除し、」と補正するとともに、添付図面第1図~第5図も補正した。右補正後の第1図(本考案を展延した状態を示す正面図)は別紙出願図面Ⅲ図に示すとおりである。(乙一二、一三)

8  以上の結果、特許庁審査官は、平成元年一〇月一一日、本件実用新案登録出願について出願公告をすべき旨の決定をした。(乙一四)

9  被告は、平成二年四月二七日、本件実用新案に対し登録異議の申立をした。これに対し、原告は、特許庁審査官宛てに、平成二年一二月一〇日付実用新案登録異議答弁書(乙一七)を提出した。右答弁書には、被告が先行技術として挙げた実公昭五〇-一五三八〇号公報(乙一六の3)に記載の金属板葺屋根関して、「該折り重なり部にハミ出しを生じないということは折り重なり部と横上ハゼ(2)との間に、隙間がないということであり、隙間を作ると必ずハミ出しを生じ、そのハミ出しをなくするために本願考案においては、方形銅板の四隅角部を山形凸部(5)が形成されるようにく字状に切除したのであり、朱線で囲んだ第3図に示す構造とは全く異なるとともに該考案においてはハミ出しがあるため平葺き時に連結がうまくできない。」(3頁下から2行~4頁上から8行)との記載があり、実公昭五〇-四五二四九号公報(乙九)に対し、「本願考案が各ハゼの折り重ね部に隙間を設け、かつ、折り重ね部のハミ出しがないようにしているためハゼ連結箇所から雨漏りせず、しかも連結を阻害しない」(5頁上から9行~12行)との記載がある。(乙一五、一六の1~5、一七)

10  特許庁審査官は、平成三年三月一三日、被告の登録異議の申立は理由がない旨の決定をした。右決定は、「以上のとおり、前記甲各号証には、この出願の考案の構成要件の一部と共通する記載はあるものの、この出願の考案の下記の点はなんら記載されていない。『折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し…折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、』た点。そして、この出願の考案は、上記の点を考案の構成要件とすることにより、この出願の明細書に記載されたような甲各号証のものには期待できない『縦ハゼの上部及び下部にはハミ出しを生じないのでハゼ係合が容易である。』という作用効果を奏するものである。したがって、この出願の考案は甲第一号証刊行物~甲第五号証刊行物に記載されたものから当業者がきわめて容易に考案できた程度の考案とすることはできない。」(乙一八4頁上から5行~18行)と認定判断している。その後、本件実用新案登録出願について登録査定がなされた。(乙一八、弁論の全趣旨)

(本件考案の技術的範囲について)

右認定の先行技術及び本件考案の開発経過に鑑みれば、本件考案は、元々政雄の横ハゼを折曲する際に縦ハゼの隅角部の折り目線を若干左右方向に押して移動させると、横ハゼと上面板との間に詰めた充填物を取り除き易く、かつ折り曲げの四隅角部に間隙を作ることができるという製造方法上の画期的な技術開発に由来するものと認められる(同人自身、「く字状切除」については、前記のとおり、「ハミ出ている三角状は、始めに切り取りく字状にすることは簡単でした。」と明言している。)。本件考案は、そのような政雄の技術開発に端を発して実用新案登録され権利化されたものではあるが、右認定の本件考案の出願経過に照らせば、結果的にその権利内容は政雄の画期的な技術開発の内容とは相当にかけ離れたものとなっているといわざるを得ない(もっとも、以上の諸点を総合考慮すると、政雄は意図的に右画期的な技術開発の内容はあくまで企業秘密のノウハウとして秘匿することとし、右技術については開示を必要とする工業所有権を取得することを回避し、その技術を使用して製造される結果である銅屋根板の形状構造についてのみ実用新案権を取得したものと推認できなくもない。)。すなわち、本件考案の願書に最初に添付された明細書(当初明細書)の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明には、<1> 折曲ハゼの間隙の保持の点に関しては、「少許の間隙を保持」との記載が散見されるが、既に述べたように間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する必要があること自体は出願時周知ないし公知の技術常識となっていたと認められるにもかかわらず、そうした技術常識を超える、右間隙を設ける技術的意義に関する説明は全くなく、<2> ハゼのハミ出し部分の予めの切除に関しても、当初の実用新案登録請求の範囲には、「縦ハゼの各隅角部内側から縦ハゼと横ハゼとの折り重ね部内側へかけて斜めに縦ハゼ巾の略二分の一を切除した」と記載されているが、考案の詳細な説明及び添付図面を参酌しても、その意味内容及び技術的意義を十分に把握することは到底できない。また、その後の補正経過について見ても、特許庁審査官の度重なる拒絶理由通知を受けて、<1> 折曲ハゼの間隙の保持の点に関しては、実用新案登録請求の範囲の記載を、前記「少許の間隙を保持」→昭和六一年九月六日付補正書(乙第七号証)の「それぞれ若干の間隙を保持」→昭和六二年一一月二一日付補正書(乙第一〇号証)の「各折り重ね部分に間隙(6)…を保持」というように順次限定的に補正し、<2> ハゼのハミ出し部分の予めの切除に関しても、実用新案登録請求の範囲の記載を、前記「斜めに縦ハゼ巾の略二分の一を切除」→昭和六一年九月六日付補正書(乙第七号証)の「略二分の一を……斜めに切除」→昭和六二年一一月二一日付補正書(乙第一〇号証)の「各隅角を山形凸部(5)が形成されるように斜めに切除」→平成元年五月一五日付補正書(乙第一三号証[公告時の明細書])の「両隅角を山形凸部(5)が形成されるようにく字状に切除」というように順次限定的に補正し、また、右考案の詳細な説明の欄の記載及び図面(第1図〔本考案を展延した状態を示す正面図〕、第2図〔完成品の正面図〕及び第3図〔同背面図〕)の記載も、右実用新案登録請求の範囲の記載の補正に対応してそれぞれ補正されている。そして、以上の各補正の結果、<1> 折曲ハゼの間隙の保持の点に関しては、間隙は、出願当初は「ハゼの折曲部分」に形成するものであったのに対し、出願公告時には「各折り重ね部分」に形成するものへと変化し、<2> ハゼのハミ出し部分の予めの切除に関しては、出願当初は切除して取り除く部分が「略二分の一」であったのに対し、出願公告時には切除される部分の形状が、「く字状」と見てとれるように明瞭に補正されている。

原告は、本件考案の出願経過に関して、出願代理人の理解不足に原因するものであるなど縷説する。しかしながら、本件において出願人の主観的意図と実際の出願内容との間に結果的に若干の齟齬を生じた可能性は否めないけれども、そもそも、考案が、実用新案権の設定登録により権利として成り立った以上は、もはや出願人の主観的意図を離れた客観的存在となり、その技術的範囲は客観的存在となるのであるから、本件のように明細書及び添付図面の記載自体からその技術的範囲を確定できる場合に、しかも、出願段階において提出された書面等に開示されていない出願人の主観的意図を侵害訴訟における技術的範囲の解釈に際して参酌する余地はないものといわざるを得ない。

以上の事実に鑑みると、被告申立にかかる本件実用新案に対する登録異議の決定(乙第一八号証)において、特許庁審査官が、「以上のとおり、前記甲各号証には、この出願の考案の構成要件の一部と共通する記載はあるものの、この出願の考案の下記の点はなんら記載されていない。『折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し…折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によって囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、』た点。そして、この出願の考案は、上記の点を考案の構成要件とすることにより、この出願の明細書に記載されたような甲各号証のものには期待できない『縦ハゼの上部及び下部にはハミ出しを生じないのでハゼ係合が容易である。』という作用効果を奏するものである。したがって、この出願の考案は甲第一号証刊行物~甲第五号証刊行物に記載されたものから当業者がきわめて容易に考案できた程度の考案とすることはできない。」と認定判断しているとおり、本件考案の特徴は、技術的に必須の構成要件である「各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成したこと」を前提とした上で、隅角部を係合した後に生じるハゼ係合の不都合(ハミ出し部分による係合の不完全、雨漏りなど)の技術課題を解決するためにハゼのハミ出し部分に予め施す切除処置の具体的構造及び形状にあり、ハゼ係合が容易かっ正確で仕上りも美麗に施工することができる、隅角部を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除した点(構成要件(二)及び(三))にあるものと認めざるを得ない。

(原告の主張について)

この点について、原告は、本件考案の解決した課題は、平葺き用銅屋根板の分野において、従来用いられてきた本ハゼ一文字掴み工法、特殊なハゼ差し込み工法及びフクリン係合工法とは全く異なる、<1> 作業能率が向上し仕上りが美麗で、<2> 雨仕舞が完壁であり、毛細管現象により雨漏りする虞がなく、<3> ハゼ係合が容易でかつ正確なカセット式工法で施工する銅屋根板を提供することにあり、本件考案は、この課題を、「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する」という画期的な着想に基づき解決したものであるとして、本件考案の特徴が、原告主張のカセット式工法を前提とした各折り重ね部分の間隙保持の構成にある旨主張し、前記各先行技術と本件考案の差異を強調する。しかしながら、前示のとおり本件考案における「間隙」は、出願当初は「ハゼの折曲部分」に形成するものであったのであり、どのようにして「各折り重ね部分」に間隙を保持して折曲しハゼを形成するかとの技術的事項については全く開示しておらず、特許庁審査官の昭和六二年八月一〇日付拒絶理由通知における、「本願考案の屋根材は、上記記載の葺き方ができるとは認められない。つまりハゼ6、8を係合して横方向に連結していくことは可能であるが、第二.列目のハゼ12をハゼ10に係合するときに、ハゼ6、8の係合部分で、ハゼ10が左右で連結されない為、ハゼ12がハゼ6、8に衝突して係合できない。なお、例えば、実公昭五〇-一五三八一号公報第5、6図に示されるような屋根材が単に係合していくだけで屋根を葺くことが可能なものであり、同公報第10~12図に示されるものが従来のつかみ込みが必要なのであり、本願のものは、この従来例と同じ作業が必要である。」との指摘を受けて、その後の補正により、掴み込み工法を不要とする趣旨を明確にするため、間隙保持の部位を特定記載したものと認められる。また、掴み込み工法を使用せずいわゆるカセット式工法による場合、ハゼの折曲に際しハゼの厚み以上の間隙を設ける必要があること(そうしなければハゼの係合自体が不可能である。)、また右間隙のうち、縦・横ハゼの折り重ね部分である四隅部分の間隙は、予めハゼを折曲する際に単純に折曲すると押し潰されるから、そこに製造上の工夫を要することは本件出願当時公知の事項であったことは前記のとおりである。しかるに、原告は「各折り曲ね部分に間隙を保持してハゼを折曲げる」製造上の工夫について全く開示していないにもかかわらず、「各折り重ね部分に間隙を保持して折り曲げてハゼを形成する」構成を採った点に本件考案の特徴があり、この構成を具備する以上イ号物件が本件考案の技術的範囲に入る旨主張するものであるから、右原告主張は到底採用できない。

(本件考案とイ号物件の対比)

以上を前提として、イ号物件の構成と本件考案の構成を対比すると、イ号物件の隅角部の切除形状(切除により隅角部から取り除かれる部分の形状)は<省略>又は<省略>であり、これをもって本件考案の構成要件(二)及び(三)の「く字状」と認めることは到底できない。その上、ハミ出し部分の予めの切除だけが目的であるのならば、切除により隅角部から取り除かれる部分の形状としては、被告考案(乙第二一号証)においてその構成が採用されているように三角形状とするだけで十分であって、イ号物件においては、右のような隅角部の切除形状を採用した結果、本件考案に比べ、隅角部のハゼ部の重なり部分がより大きくなり、その具体的効果の程度は別として雨漏り防止の目的からすればより有利である利点がある(弁論の全趣旨)。他方、右利点を得た代りに、イ号物件では被告主張のように屋根板材の葺き方向を限定することになり、本件考案の葺き方向を限定しないという利点を喪失する結果となっている。なお、イ号物件の折曲線3'及び4'を左からやや右下がりに斜めに設けている構成に格別の技術的意義のないことは原告主張のとおりと考えられる。

(結論)

以上のとおりであるから、イ号物件における構成2及び3を本件考案の構成要件(二)及び(三)と実質的に同一と認めることができず、したがって、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属しないといわざるを得ない。

二  結語

原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小澤一郎 裁判官 本吉弘行)

物件目録

別紙図面(一)~(三)に示すように、平行四辺形の銅板の左辺と平行して折曲線1'を、右辺と平行して折曲線2'を、上辺の左からやや右下がりに斜めに折曲線3'を、折曲線3'と平行して下辺の側に折曲線4'をそれぞれ設けると共に、折曲線1'と折曲線1'の外側にある折曲線4'と上辺によって囲まれる方形部分の上隅角部5'の部分と、折曲線2'と折曲線2'の外側にある折曲線3'と下辺によって囲まれる方形部分の下隅角部5'の部分を<省略>だけ切除し、折曲線1'と折曲線1'の外側にある折曲線3'及び4'によって囲まれる部分と連続する下隅角部6'の部分と、折曲線2'と折曲線2'の外側にある折曲線4'及び3'によって囲まれる部分と連続する上隅角部6'の部分を<省略>だけ切除し、次に折曲線1'を下向きに折返してU字状にして少許の間隙7'を形成し、折曲線2'を上向きに折返してU字状にして少許の間隙7'を形成し、U字状の間隙7'を座屈させぬよう保持して折曲線3'を上向きに折返し横上ハゼを形成し、U字状の間隙7'を座屈させぬよう保持して折曲線4'を下向きに折返し横下ハゼを形成したことを特徴とする平葺き用銅屋根板。

別紙図面(一)

<省略>

別紙図面(二)

完成品の正面図における隅角部の拡大図(実寸)

完成品の背面図における隅角部の拡大図(実寸)

<省略>

別紙図面(三)

<省略>

<19>日本国特許庁(JP) <11>実用新案出願公告

<12>実用新案公報(Y2) 平2-4182

<51>Int.Cl.5E 04 D 1/18 識別記号 C 庁内整理番号 7238-2E <24><44>公告 平成2年(1990)1月31日

<54>考案の名称 平葺き用銅屋根板

<21>実願 昭57-9522 <65>公開 昭58-111726

<22>出願 昭57(1982)1月25日 <43>昭58(1983)7月30日

<72>考案者 山本政弘 奈良県生駒市東松ケ丘5番3号

<71>出願人 山本政弘 奈良県生駒市東松ケ丘5番3号

<74>代理人 弁理士 築山正由

審査官 木原裕

<56>参考文献 実開 昭54-140515(JP、U) 実開 昭53-157513(JP、U)

実公 昭50-45249(JP、Y1)

<57>実用新案登録請求の範囲

1方形銅板の左辺と平行して折曲線1を、右辺と平行して折曲線2を、上辺と平行して折曲線3を、下辺と平行して折曲線4をそれぞれ設けると共に、折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によつて囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し…折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によつて囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、折曲線1を上向きに、折曲線2を下向きに、次いで折曲線3を上向きに、折曲線4を下向きに各折り重ね部分に間隙6…を保持して折曲しハゼを形成したことを特徴とする平葺き用銅屋根板。

考案の詳細な説明

「考案の目的」

a 産業上の利用分野

本考案は平葺き用銅屋根板に関する。

b 従来の技術

屋根板の四周を適当な折り返し幅をとつて、折曲線を施こし、下方折曲線と両側の折曲線とによつて形成された方形部を縦に2分した切欠部を設け、一側の係合縁を下面に、他側の係合縁を上面にそれぞれ折返し、次いで上部係合縁を上面に、下部係合縁を下面にそれぞれ折返した屋根葺板がある。(実公昭50-45249)

c 考案が解決しようとする問題点

該従来公知の考案は、最後の製作工程において、下部係合縁を下面に折返したとき、切欠部を形成した係合緑の隅角が圧潰される。即ち係合緑の下部隅角に切欠部を設けることにより係合縁が衝突しないようにして左右に係合し接合できるようにしたのであるが、緩い勾配を有する屋根を形成したとき該接合部に部材の重なりがないため雨漏りする虞れがある。また上部係合縁と係合縁との折り重ね部も圧潰され左右に接合できない。而して左右の接合を図るには該折り重ね部に隙間を設けることを要し、隙間を設けて上部係合縁を上面に折曲すると係合縁の上部角がそれぞれ若干ハミ出し、該ハミ出し部が邪魔して完全な接合を阻害することになる。

「考案の構成」

a 問題点を解決するための手段

方形鋼板の左辺と平行して折曲線を、右辺と平行して折曲線を、上辺と平行して折曲線を、下辺と平行して折曲線をそれぞれ設けると共に、縦の折曲線と縦の折曲線の外側にある横の折曲線によつて囲まれる方形部分と連続する各隅角を山形凸部が形成されるようにく字状に切除し、左方の折曲線を上向きに、右方の折曲線を下向きに、次いで上方の折曲線を上向きに、下方の折曲線を下向きに各折り重ね部分に間隙を保持して折り返しハゼを形成することにより左右及び上下の接合が容易で然も接合個所から雨漏りのしない屋根を確実に葺くことができるカセツト式の銅屋根板を提供したのである。

b 作用及び実施例

従つて本考案によれば左右に隣接する縦下ハゼと縦上ハゼを各隙間を嵌合することにより所望枚数の銅屋根板を左右に接合し、次に該接合された銅屋根板の横下ハゼを順次係合することにより銅屋根板を平葺きするのである。

以下に本考案の実施例を図面によつて説明すると、第1図に示すように方形銅板の左辺と平行して折曲線1を、右辺と平行して折曲線2を、上辺と平行して折曲線3を、下辺と平行して折曲線4をそれぞれ設けると共に、折曲線1と折曲線1の外側にある折曲線3及び4によつて囲まれる方形部分と連続する両隅角を山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、折曲線2と折曲線2の外側にある折曲線3及び4によつて囲まれる方形部分と連続する両隅角の山形凸部5が形成されるようにく字状に切除し、次に第2図及至5図に示すように折曲線1を上向きに折り返し方形銅板の上面との間に少許の間隙6を保持して縦上ハゼ7を形成し、折曲線2を下向きに方形銅板の下面との間に少許の間隙6を保持し折り返して縦下ハゼ8を形成し、折曲線3を上向きに折り返し方形銅板の上面及び縦上ハゼ7の上面との間に少許の問隙6を保持して横上ハゼ9を形成し、折曲線4を下向き折り返し方形銅板の下面及び縦下ハゼ8の下面との間に少許の間隙6を保持して横下ハゼ10を形成することにより各ハゼの折り重ね部分に間隙6をそれぞれ設けた鋼屋根板11を製作し、第6図に示すように多数の銅屋根板11…の縦上ハゼ7と縦下ハゼ8の各間隙6を係合し最下列の銅屋根板11を左右に接合していく。次に縦上ハゼ7と綴下ハゼ8が係合している位置に第2列目の銅屋根板11の横下ハゼ10の中央を位置させて下方の横上ハゼ9、9に係合し順次上方へ銅屋根板11を接合し平葺きするのである。尚第6図において12は吊子である。

「考案の効果」

本考案はこのようにして成るから、現場において縦ハゼ及び横ハゼをつかみ込んで平葺きする従来工法に比べ作業能率が著しく向上し、殊に横下ハゼを下方の銅屋根板の横上ハゼにつかみ込む作業の困難性が解消されると共に仕上がりが美麗であり、更に銅屋根板11の各隅角部の接合個所は縦上ハゼ7と綾下ハゼ8を各間隙6に充分差込み略全面にわたり重ね合わせているため接合された縦ハゼの下方隅角は袋状となり雨仕舞いが完壁であつて該所から毛細管現象により雨漏りする虞れは皆無である。

而して方形銅板の各隅角に山形凸部5を切除により設け縦ハゼ及び横ハゼを折り返し形成しているため縦ハゼの上部及び下部には前記従来公知の考案のようにハミ出しを生じないのでハゼ係合が容易である。また屋根葺き作業は各銅屋根板11…の縦ハゼ及び横ハゼの係合と吊子12を野地板に打着することによつて高度の熟練を要することなく簡単且つ迅速に施工でき作業能率が著しく向上し、更に吊子12による固定と各ハゼの深い係合によつて耐風性にすぐれている。

このように本考案は構造は簡単且つ竪牢で然も安価に大量生産できる有用考案である。

図面の簡単な説明

第1図は本考案を展延した状態を示す正面図、第2図は完成品の正面図、第3図は同背面図、第4図は同左側面図、第5図は同右側面図、第6図は本考案の実施状態を示す斜視図である。

5……山形凸部、6……間隙、7……縦上ハゼ、8……縦下ハゼ、9……横上ハゼ、10……横下ハゼ、11……銅屋根板。

第1図

<省略>

第2図

<省略>

第3図

<省略>

第4図

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第5図

<省略>

第6図

<省略>

5 山形凸部

6 間隙

7 縦上ハゼ

8 縦下ハゼ

9 横上ハゼ

10 横下ハゼ

11 銅屋根板

<19>日本国特許庁(JP) <11>実用新案出願公告

<12>実用新案公報(Y2) 平5-36883

<51>Int.Cl.5E 04 D 1/18 識別記号 C 庁内整理番号 9025-2E <24><44>公告 平成5年(1993)9月17日

<54>考案の名称 一文字葺用屋根材

審判 平4-13026 <21>実願 昭61-144384 <65>公開 昭63-51020

<22>出願 昭61(1986)9月20日 <43>昭63(1988)4月6日

<72>考案者 谷田亘 東京都板橋区東坂下2丁目8番1号 タニタ伸銅株式会社内

<71>出願人 株式会社タニタハウジングウエア 東京都板橋区東坂下二丁目8番1号

<74>代理人 弁理士 渡部剛

審判の合議体 審判長 秋吉達夫 審判官 荻島俊治 審判官 外山邦昭

<56>参考文献 実開 昭58-111726(JP、U) 実開 昭60-137016(JP、U)

実開 昭53-157513(JP、U)

<57>実用新案登録請求の範囲

長方形の上辺右端及び下辺左端をそれぞれ横細長三角形状に切り欠き、右辺下端及び左辺上端を縦細長三角形状に切り欠いた略長方形の屋根材本体の右側側端を上面側に隙間を設けて折返して右辺係合片とし、左側側端を下面側に隙間を設けて折返して左辺係合片を形成し、次に屋根材本体の上辺を上面側に、また下辺を下面側に折り返して、それぞれ上辺係合片および下辺係合片を形成してなる一文字葺用屋根材。

考案の詳細な説明

(産業上の利用分野)

本考案は銅版等の金属薄板を屈曲してなる一文字葺用屋根材に関するものである。

(従来技術と問題点)

一文字葺による屋根葺は、施行後の外観意匠が良好なため、特に和風住宅の屋根等に多く用いられてきた。

しかし反面、旧来よりの施工方法に固執する余り、技術的な改良はあまりなされていなかつた。

第4図および第5図は、従来例による一文字葺用の屋根材を示し、第4図は屋根材5を展開した時の斜視図であるが、長方形状の銅版等の金属薄板を折線6に沿つてそれぞれ隙間を設けて折曲てゆく。

始めに上側係合片54を上面側に、下側係合片55を下面側に折り返し、次に上辺係合片52を上面側に、下辺係合片53を下面側にそれぞれ折返して第5図の斜視図に示すごとく一文字葺用の屋根材5が完成される。

この様な屋根材5を上下左右方向に順次係合接続して行くが、係合する際に各々の係合片の隅角部分が引つ掛かつたりして作業し難いものであつた。

また、実開昭60-137016号公報には、4隅角部をくの字状に切り欠いた屋根材が記載されているが、各屋根材を係合した場合に、隅角部のハゼ部の重なり部分が小さくなり、そのため、雨水がはぜ部の重なり部分を容易に乗り越えて、下辺係合片内に溜り、これが風雨の波動によつて撹乱されて漏水を引き起こすという問題がある。

(考案の目的)

本考案は、従来の一文字葺に見られるような作業性の悪さを改良し、かつ漏水の問題をも解決することを目的としてなされたものであり、引つ掛かつたりして作業能率を落としていた部分に細長三角形状の切込部を設けることによつて、作業性の向上を図つたものである。

(考案の構成)

本考案の一文字葺用屋根材は、長方形の上辺右端及び下辺左端をそれぞれ横細長三角形状に切り欠き、右辺下端及び左辺上端を縦細長三角形状に切り欠いた略長方形の屋根材本体の右側側端を上面側に隙間を設けて折返して右辺係合片とし、左側側端を下面側に隙間を設けて折返して左辺係合片を形成し、次に屋根材本体の上辺を上面側に、また下辺を下面側に折り返して、それぞれ上辺係合片および下辺係合片を形成してなるものである。

本考案を図面によつて説明すると、第1図ないし第3図は、本考案にかかる一文字葺用屋根材の実施例を示し、第1図は、一文字葺用の屋根材1を展開した時の平面図を示し、第2図は折曲の完成した屋根材1の斜視図を示す。

屋根材1は銅版或いはカラー鉄板等の金属薄板を屈曲して形成されるが、第1図に示す長方形状の金属薄板を折線2に沿つて屈曲形成するが、四隅部分は斜線で示す部分が切り欠いてあり、細長三角形状してある。

この細長三角形状切欠部3は、上辺右端および下辺左端では、それぞれ横細三角形状をなし、右辺下端および左辺上端では、それぞれ縦細長三角形状をなすように形成され、そして屈曲形成したとき、係合片の隅角部に位置するように形成されている。

このように隅角部を切り欠いた金属薄板の本体11の周囲の折線2に沿つて隙間を設け、上面側および下面側に折り返して、それぞれの係合片を形成する。すなわち、右辺係合片14を上面側に折り返し、左辺係合片15を下面側に折り返し、次いで上辺係合片12を上面側に、下辺係合片13を下面側に折り返して第2図の斜視図に示すごとく屋根材1を形成する。

それぞれの係合片を折り返す際には、材料の厚みより厚い隙間を設ける必要があり、それにより各屋根材の係合が可能になる。

施工する際には、下地材を敷いた屋根の軒先側より葺いてゆくが、係合片の隙間に他の屋根材の係合片を挿入係合し、軒先側と平行に葺いてゆき、上辺係合片12に吊り子4を係合し、釘等で固定し、棟側に葺き上げて第3図の斜視図に示すごとく施工して行く。

(考案の効果)

上記したように、本考案の一文字葺用屋根材1は四辺を屈曲した各々の係合片の隅角部に上記のように細長三角形状切欠部3が形成してあるため、施工する際の係合接続が極めて容易に行なえ、作業も熟練を要さず、迅速に行えるものである。また、漏水に対しても充分に対処することができる。また、構造も簡単であるため、大量生産に適し、安価に提供できる等の利点を有する。

図面の簡単な説明

第1図は、本考案に係る一文字葺用屋根材を展開したときの平面図である。第2図は同上の屋根材の斜視図である。第3図は同上の屋根材を施工した時の斜視図である。第4図は従来例による一文字葺用屋根材を展開したときの平面図である。第5図は、同上の屋根材の斜視図である。

1……屋根材、11……本体、12……上辺係合片、13……下辺係合片、14……右辺係合片、15……左辺係合片、2……折線、3……細長三角形状切欠部、4……吊り子、5……屋根材、51……本体、52……上辺係合片、53……下辺係合片、54……上側係合片、55……下側係合片、6……折線。

第1図

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第3図

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第2図

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第4図

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第5図

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参考図面

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出願図面

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実用新案公報

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実用新案公報

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